綿帽子の手帖 ~別館~

頼む!頼むから槇原敬之のこの神曲たちを聴いてくれっ!!

綿帽子の手帖【別館】へようこそ!!

まずは…
このような辺境ブログを見つけてくださり、大変感謝申し上げます。
 
 
シンガーソングライター槇原敬之さんを
愛してやまないワタクシたんぽぽ毛と申します。
日々の出来事やマキハラさん関連のブログを綴り続け早20年目。
2020年の2度目の逮捕(涙)からは、
槇原敬之氏の世界観をひたすら愛でる、
というコンセプトの元
「槇原敬之のこの曲を聴いてくれ」を細々と書き綴っております。
 
わけあってこちらの「はてなブログ」様に引っ越してきました。
ただ本家のブログは絶賛稼働中ですのでこちらは【別館】と名付けました。
こちらでは主に「槇原敬之のこの曲を聴いてくれ」ということで
マキハラ先生の神曲を歌詞付きで解説していきたいと思います(本家ではアウトでした●泣)
 
目指せ全曲紹介を掲げておりますが、
分かりやすく且つリンクしやすいように表紙としてまとめてあります。
 
また、本家ブログ↓↓↓では、

momost9520.exblog.jp

その他カテゴリもありますので、お時間あれば暇つぶしに読んでいただけたら幸いです。
とても喜びます、私がwww
さらに、コメント等いただけた日には泣いてしまいます、私がwww
 
槇原敬之氏を愛す全てのマニア様へ贈ります。
(やや偏向思考強く、変態記事もあります故、自己責任でお願い致します●)
 
 
 
【槇原敬之のこの曲を聴いてくれ】
 (曲名からその記事へリンクできるようになっております、目指せ全曲紹介!!)
 
 
※その前に、だいぶ気になる著作権問題に関して
 
一応、アルバム発売順に並べてあります。
シングル曲に関しては、その後アルバムに収録されているものは含めていません。
記事毎に随時更新していく予定です。
 
 
【アルバム】
 
1st『君が笑うとき君の胸が痛まないように』(1990年10月25日発売)
 
1 ANSWER
5 桜坂
7 NG
8 FISH
10 北風
 
 
2nd『君は誰と幸せなあくびをしますか。』(1991年9月25日発売)
 
1 どんなときも。(インストゥルメンタル・ヴァージョン)
3 AFTER GLOW
 
 
3rd『君は僕の宝物』(1992年6月25日発売)
 
1 INTRODUCTION
4 三人
8 涙のクリスマス
12 君は僕の宝物~REPRISE~
 
 
4th『SELF PORTRAIT』(1993年10月31日発売)
 
2 No.1
3 さみしいきもち
4 髪を切る日
6 彼女の恋人(アルバムヴァージョン)
9 MILK
 
 
5th『PHARMACY』(1994年10月25日発売)
 
1 INVITATION(インストゥルメンタル・ヴァージョン)
4 2つの願い(VERSION Ⅱ)
5 LONESOME COWBOY
7 SPY
9 OCTAVERS
11 恋はめんどくさい?
 
 
 
6th『ver.1.0E LOVE LETTER FROM THE DIGITAL COWBOY』
(全曲英語詞によるアルバムのため割愛させていただきます●私は英語の偏差値底辺レベルです)
 
 
 
7th『UNDERWEAR』(1996年10月25日発売)
 
1 男はつらいっすねぇ
4 君の自転車
5 うん
6 I need you.(ALBUM VERSION)
10 PAIN
 
 
 
8th『Such a Lovely Place』(1997年11月27日発売)
 
6 素直 ~Album Version~
7 情熱 ~Album Version~
10 足音
 
 
9th『Cicada』(1999年7月7日発売)
 
1 ~introduction for Cicada~
2 pool
4 HAPPY DANCE~Album Version~
6 青春
10 BLIND
12 Cicada
 
 
10th『太陽』(2000年11月29日発売)
 
1 彗星
4 濡れひよこ
5 I ask.
6 WILD RABBITS
10 太陽
 
 
11th『Home Sweet Home』(2001年11月21日発売)
 
3 桃
4 ファミレス
7 天国と地獄へのエレベーター
10 君が教えてくれるもの
11 Home Sweet Home
 
 
12th『本日ハ晴天ナリ』(2002年11月7日発売)
 
1 AMAZING GRACE
2 Wow
4 縁
6 君の声を待つ夜
7 これはただの例え話じゃない
8 さよなら小さな街
10 雨ニモ負ケズ(Album Version)
11 本日ハ晴天ナリ
12 Turtle Walk (Album Version)
 
 
 
 
13th『EXPLORER』(2004年8月11日発売)
 
3 Tag Team
4 武士は食わねど高楊枝
5 Happy Ending
7 とりあえず何か食べよう
8 ハトマメ~Say Hello To The World~
10 世界に一つだけの花
11 Boy, I'm gonna try so hard
 
 
14th『LIFE IN DOWNTOWN』(2006年2月22日発売)
 
2 Naked
3 ほんの少しだけ feat.KURO from HOME MADE家族
4 星の光
6 月の石
7 親指を隠さずに
8 店じまい
10 チキンライス
12 ココロノコンパス(Album Version)
13 遠く遠く~’06ヴァージョン
14 WHAT A WONDERFUL WORLD
 
 
15th『悲しみなんて何の役にも立たないと思っていた。』(2007年11月7日発売)
 
1 introduction
8 赤いマフラー
 
 
16th『Personal Soundtracks』(2008年11月19日発売)
 
2 幸せはタイヤを穿いてやってくる
3 Chocolats et Sweets
8 Hey...
 
 
 
17th『不安の中に手をつっ込んで』(2010年6月30日発売)
 
6 YOU GOTTA BE
8 ムゲンノカナタヘ ~To infinity and beyond~
10 おさらばだ
 
 
 
18th『Heart to Heart』(2011年7月27日発売)
 
2 Jewel In Our Hearts(Japanese Ver.)
7 White Lie
11 今日の終わりにありがとうを数えよう
 
 
 
19th『Dawn Over the Clover Field』(2012年12月19日発売)
 
3 ゼイタク(Album Ver.)
6 恋する心達のために(Album Ver.)
7 Curtain Call
9 四つ葉のクローバー(Album Ver.)
11 Boys & Girls !
 
 
 
20th『Lovable People』(2015年2月11日発売)
 
1 Theme for Lovable People
7 新しいドア
8 Once Upon A Long Ago
9 言わせて下さい
10 Fall
11 Elderflower Cordial
13 Alone
 
 
 
21th『Believer』(2016年12月14日発売)
 
1 Introduction ~Believer’s Theme~
2 一歩一会 (Renewed)
4 Souvenir ~思い出~
6 テレビでも見ようよ
7 5minutes (Renewed)
9 A HAPPY NEW YEAR
11 理由
12 超えろ。(Renewed)
 
 
 
22th『Design & Reason』(2019年2月13日発売)
 
8  2 Crows On The Rooftop
9 記憶(Album Ver.)
 
 
23th 『宜候』(2021年10月27日発売)
 
1 introduction~東京の蕾~
3 悶絶
5 特別な夜
6 わさび
7 なんかおりますの
8 Counting Blessing
10 好きなものに変えるだけ
11 HOME
12 宜候
 
 
セルフカバー 『Bespoke』(2022年3月2日発売)
 
1 約束の場所
2 かみさまでもえらべない。
3 着メロ
4 イカ大王体操第2
5 悲しみの帳
6 THE CODE ~暗号~
9 一番初めての恋人
10 チキンライス 2020ver.
 
 
 
 
 
●勝利の笑顔(「冬がはじまるよ」1991年11月10日)
●夏のスピード(「もう恋なんてしない」1992年5月25日)
●CLASS OF 89(「彼女の恋人」1993年4月25日)
●Red Nose Reindeer(「雪に願いを」1993年11月28日)
●キミノテノヒラ(「SPY」1994年8月25日)
●まだ生きてるよ(1996年11月18日)
●Good Morning(2003年6月25日)
●スポンジ(「明けない夜が来ることはない」2005年5月18日)
●Gazer(「ほんの少しだけ」2006年2月1日)
●お元気で!(「赤いマフラー」2007年12月12日)
 
●うるさくて愛おしいこの世界に(2024年5月1日 配信限定シングル)
 
初出がシングル曲で、その後オリジナルアルバム未収録曲(マキハラ先生の作詞で)は、
以前は9曲と書いていましたが、どうやら10曲だったようです。。。
 
 
【槇原敬之さん的コラム】(のようなもの…)
日々感じていることに関して、マキハラ先生をネタに色々書いております。
お時間あり、興味があればどうぞ読んでやってください。。。
 
【勝手にマキハラノリユキ選手権】
管理人たんぽぽ毛の独断と偏見と少しの性癖にて
マキハラ先生の神曲たちを勝手に選手権大会開催しております。。。
 
【槇原敬之の歌詞で打順組んでみた!】
マキハラ先生の神歌詞で「野球の打順を組む」というトンチキなことを
やっておりますが、実は結構気に入っております、、、
 
【槇原敬之のこの映像のここを観てくれ】
マキハラ先生の過去のDVDたちの好きな場面をピンポイントでおススメしている
これぞ性癖丸出しの記事です(心臓の強い方はぜひ…)

#193 五つの文字

8月です。
まだ新潟は梅雨明け宣言しておりません(しつこい●)
明日あたりからの天気予報は晴れマークが続いていたため、恐らく明日あたりに明けるのか…?
今年の梅雨は比較的しっかり雨が降っていたイメージですので何よりです。
 
本題ですが、、、
「槇原敬之のこの曲を聴いてくれ」の今年の目標は#200です。
着々と迫ってきております、無理のないように進めたいと思います。
え?たんぽぽ毛さんどうしましたか?最近順調じゃないですか?って思ってます?
その通りです。
短期集中量産型のたんぽぽ毛(初めて聞きましたがね●爆)ですゆえ。
 
さていつまでこれが続くのか…(●●●)
 
我が職場は6~10月の間で夏休みを取得できるのですが、
私は毎年8月にいただいております、なのでばけーしょん月間(?)です。
 
ということで、さっそく本日も素晴らしき槇原敬之の世界を愛でたいと思います。
 
 
 
 
『五つの文字』
 作詞作曲編曲:槇原敬之
 
2007年11月7日に発売された15枚目のアルバム
「悲しみなんて何の役にも立たないと思っていた。」に収録。
 
ていうか、てっきりこの曲はすでに解説済みだと思い込んでおりました。
なぜでしょう?摩訶不思議でございます。
 
”悲しみ”の中からこのアルバム制作は始まった、と当時話されていたマキハラ先生。
ちなみにこの曲は
2006年3月1日~2007年3月31日までフジテレビ系列の朝番組「めざにゅ~」のテーマ曲でした。
めざましテレビの前(5時くらいから)に放映される番組でしたね。
そのために書き下ろされたのか、それは分からんですが(どこかで明言されておりましたかね?)
 
後ほど歌詞を引用させていただきますが、
この「五つの文字」は希望ソングと私は捉えております。
特にアルバムの最後に収録されていて、
このアルバム全体としては悲しみや憂いの想いを纏っている印象ですが、それが最後に希望へと変化していく、、、
という流れは圧巻のマキハラ先生だと感じております。
ただ、時期的には2006年3月の段階ではTVタイアップとなっているため、むしろ最初に作られた可能性もありますね?
曲順の妙とでも言いましょうか、しかしこの「悲しみなんて何の役にも立たないと思っていた。」の中では
最後の最後に「希望」を歌い上げている仕上がりになっていると思うのです(あくまでワタクシのイメージですよ)
 
ではさっそく歌詞を引用させていただきます。
 
 
 
 
繰り返すだけの毎日と 勝手に思い込んでいたけれど
明日が必ず来るとは誰も 言い切ることなど出来ないと知って
こんなふうに僕の1日が 何事もなく終わる事さえ
こんな僕に起った 奇跡のようにも思えるんだ
 
なんでも当たり前にみえる 心のメガネを外したら
 
今日という日は神様からの 素敵な贈り物と気づけたんだ
最後に付けた五つの文字を 僕はやっと書き直せたんだ 
「あたりまえ」から「ありがとう」と
 
 
 
繰り返すだけの毎日と 勝手に思い込んでいたけれど
今日が必ず来るとは誰も 言い切る事など出来ないと知って
こんなふうに僕の一日が 希望に満ちた朝の光の中で
今日も始まっていくことは 奇跡のようにも思えるりんだ
 
なんでも当たり前にみえる 心のメガネを外したから
 
今日という日は神様からの 素敵な贈り物だと気づけるんだ
だから最後に付ける五つの文字を 僕はもう間違わずに書ける 
「あたりまえ」じゃなくて「ありがとう」と
 
 
 
なんでも当たり前にみえる 心のメガネを外したから
 
今日という日は神様からの 素敵な贈り物だと気づけるんだ
だから最後に付けるる五つの文字を 僕はもう間違わずに書ける 
「あたりまえ」じゃなくて「ありがとう」と
 
 
 
全歌詞引用です。
1コーラスと2コーラスがそれぞれ場面が対になっております。
 
「あたりまえ」と「ありがとう」は同じ5文字、"五つの文字" です。
 
ちなみに、、、
 
『ありがとう』という言葉。
感謝の気持ちを伝える日本語の感動詞に分類されます。
元々は形容詞「ありがたい(有難し)」の連用形「ありがたく」がウ音便化したものだそうです。
 
語源は古語である「有り難し(ありがたし)」→有ることが難しい
そこから「めったにない、めずらしい」という意味を持ちます。
 
そして、この「ありがとう」の反対語(対義語)は
”有ることが難しいという意味の「有難う」に対して「当たり前(有って当然)」だと言われていると。
 
 
 
へぇへぇへぇ~
 
 
 
ごめん、マキハラ先生非常に非常に勉強になりますっ!!
学が無いことがバレバレやんけ、と思われそうですが、それでもいいのです。
また一つの知見として脳に刻み込むまでですっ!!
 
そして、この「ありがとう」「あたりまえ」の視点は、仏教的な教えにも繋がるという。
 
 
 
 
・・・。
 
納得です。。。
 
 
1コーラスは、一日の終わりの情景。
2コーラスは、一日の始まりの情景。
 
それぞれの場面が対になった歌詞で、ただ伝えたいことはストレートですよね。
 
 
 
明日が必ず来るとは誰も 言い切る事など出来ない
 
 
 
これです。
我々人間は、日々の時間経過、それを生活と呼ぶのですよね。
時間は有限である、ということに日々どれだけ意識を置いて生活できているのか。
時間は点ではありませんから、細かい点が繋がって一本の線として時間が流れますよね。
 
何か自分自身にとって起点となる出来事があり、それが記憶に刻み込まれていくわけですよね。
しかしその流れって、1分1秒が刹那に流れていくわけですからね…
 
「おや?今日は結局何もしない一日だったぞ?」
 
と、思うような日もあるわけなんです。
私なんてお休みの日は特にそうですね、恐ろしいほど一瞬で時が流れていくわけです。
カップラーメンの3分はあれほど長く感じるのにねぇ。
意識の集中というか、注意をそこに向けるという姿勢で自分自身の時の流れの速さに緩急が付くことありません?
 
話しが逸れそうなので戻したいのですが、
つまりそういうこと(?)です。
 
嬉しいことがあった時の記憶、
哀しいことがあった時の記憶、
特にナニゴトもなく安心安全に終わった一日の記憶、
 
それの繰り返しが人生なのであって、決してそれは「当たり前」というわけではないのですよね。
ただ「当たり前」という言葉は別に悪い意味で使われているわけではなくて、
 
 
何気なく過ごせる日々はただナニゴトも起こらずに過ぎ去っていった時間
なのであって、点と点で繋がった時間同士がたまたまナニゴトもなかっただけである、ということ。
そして我々人間はそのことに慣れ過ぎているということ、なのだと。
 
 
一日が無事に終わることの幸せ、
翌朝目が覚めて新しい一日が始まることの喜び
 
 
これが「通常」だったり「普通」に流れる時間であればあるほど、
その事実を忘れがちになってしまいますよね。
それはもしかしたら幸せなことなのかもしれませんね…
そう思ってしまえるほどの何気ない日々の幸せに我々は慣れ過ぎているということ。
 
 
ただ、ひとたびいつもと異なる状況となった時に気付くのです。
そしてその時に初めて「感謝」をする。
これまで過ごしていた日常は”奇跡の連続”だったことに(涙)
 
その時に後悔しないように、、、というマキハラ先生の想いも強いような気がしますね。
 
 
槇原敬之氏の真骨頂である
歌詞を額面通りには読まずに聴き手の受け取り方により幾通りもの解釈が生まれる歌
 
今回の「五つの文字」はドストレートに伝えている神曲だと感じます。
 
 
 
一日が何事もなく無事に終えることができる幸せ
翌朝目が覚めて新しい一日が迎えられる喜び
 
 
 
そんな日が訪れないことがあるだなんて夢にも思わない日々を過ごしている人が多いと思います。
私もその中の一人です。
でもそうじゃないんだよ、少し意識を変えてみることで世の中の見え方や
一日の過ごし方、日常の暮らしへの意識づけ、人との関わりなんかは劇的に変化していくはずです。
 
 
それを「奇跡」と呼ぶのだと。。。
 
 
マキハラ先生はこの曲で、そのことを別に説教がましく歌っているわけではなくて。
かといって諭すような感じでもなく。
これは私はマキハラ先生に心酔しているからそのように感じるのかは分からんですけどもね。
 
ただ、歌詞全部を通して言えることは、
特に難しい表現などはしておらず、分かりやすい言葉なんですが、
この歌詞は
 
 
 
槇原敬之にしか書けんだろうな
 
 
 
ということです(異論は認めん●)
 
今絶望の淵にいる人がいても、生きていく気力を失っている人がいても
同じように時間は流れていきます。
それでも太陽が昇りまた新しい朝が来ても、その気持ちは変わらないかもしれない。
少しでもその状況が良い方向に進む人、逆方向に進んでしまう人もいるかもしれない。
 
2コーラスのAメロで
 
こんなふうに僕の一日が 希望に満ちた朝の光りの中で
今日も始まっていくことは 奇跡のようにも思えるんだ
 
 
という歌詞があります。でも、
 
朝の光り=希望に満ちている
 
という方程式が成り立たない人も、きっとたくさんいらっしゃると思います。
朝が来ることが怖い、本当に自分自身に朝は来るのだろうか、、、と悩んでいる人もきっといるはず。
 
 
このあたりは、聴き手のコンディションによっては
少々きついだろうな、と感じることもあるかと思えます。
 
 
そのような状況の中でも、新しい朝を迎えられるということは「当たり前」ではなくて
そこには”意味がある事であり奇跡”であるということを受け入れられるまでに時間を費やしたとしても。
 
 
マキハラ先生は特に一度目のディープインパクト●後は、
自身の歌の歌詞に仏教的な思想が強く影響されているような気がしてます(異論認めます)
あくまで私はそう思うのであって、そう感じないよというマニア様もいるかと思います。
ご自身で過去に色々なことがあり、でもそれを受け入れ乗り越え、その先にこの歌詞たちがあるのだとしたら。
 
「ありがとう」という文字は「有り難し」という意味を持つと前述しておりますが、
何事もなく一日が終わることが難しかった日々、
そして朝の光りの中で新しい一日を迎えることが出来なかった日々、がきっとあったはずなんですよね。
それまで何気なく過ごしていた毎日が180度変わってしまう出来事、
昨日まで、さっきまで目の前に広がっていた光景が一瞬にして変化してしまう出来事、
 
そうか、これも現実なんだとしたら
これまでの日々は奇跡の連続だったんだな、と強く思うはずなんですよね。
 
 
 
そういう色々なことを乗り越えて、この神曲が出来上がったのだとしたら…
 
泣くしかないんよ、、、
 
ごめんなさい、決してふざけているわけではないのですよ。
想い溢れて文字が大きくなっただけなんです。
 
 
我々聴き手は、最終的な完成品を世に放たれ聴いているわけですよね。
その歌の背景にある経緯や、想いなどは想像の域に過ぎませんが、それでもマキハラ先生の強い思いが伝わる。
 
もしかしたら一度は希望を失ってしまうこともあったのかもしれない、
でもそれを乗り越え、受け入れたからこそ、この歌の歌詞がとても重いものに感じてしまう。
 
 
ありがとうとあたりまえの言葉の意味や、そこに根付いている仏教的な教え。
もしかしたら考えすぎなのかもしれませんが、当時マキハラ先生がこの歌に込めた想い。
そしてそれが朝の番組で流れていた、という事実、、、
 
 
決して自分自身の意志を押し付けるではなく、優しく歌に乗せて我々聴き手の届けてくれる。
「ありがとう」は感謝の意味だけだと思って聴いていた自分がだいぶ恥ずかしいのですが、、、
この歌の言葉のような境地になるまでに、時間が必要な人もいるかもしれませんしね。
 
 
明日が必ず来るとは誰も言い切る事はできない
今日が必ず来るとは誰も言い切る事などできない
 
 
今、色々な場所で様々な想いで過ごしている人、その状況が受け止められない人、
たくさんたくさんいらっしゃるかもしれませんし、
「がんばれ」という言葉はあまりに軽率で当事者にしか分り得ない気持ちが絶対あるはずなんです。
 
想いや心を寄せることの尊さと、
自分は何もできないことへの無力さも感じながら、日々を過ごしていきたいと思います。
 
 
自分は自分ができることを精一杯、仕事や日々の生活、推し活然り。
 
 
 
 
※本日の記事は少し支離滅裂でブレ感半端ないので、申し訳ありませんでした。。。(後日修正するかもです)
 
五つの文字

五つの文字

  • 槇原敬之
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

#192 ズル休み

7月も、もうあと1週間ほどで終了ですが、
我が新潟県は未だ梅雨明けしておりませぬ。。。
 
新潟県は通常ならば「中部地方」に属するのですが、色々とありまして。
こういった気象関係だと「北陸地方」に分類されることが多いようですね。
ただ、北陸三県(石川/富山/福井)様はそれを許さないという風潮があるように思います。
 
かといって、NHKの天気予報だと関東甲信越に含まれたりしますが、
梅雨入り/明けに関しては「越」はいつも仲間外れになってしまいます。
縦に異様に長い新潟県なので、北陸の面も持ちながら、さらに東北の面も見え隠れたりする。
江戸時代は日本で一番人口が多かったとも聞きますしね、新潟県はもう独立国家でいいのでは?などと思ったり。
よく見てくださいよ、新潟県の形は縮小された日本列島だと思いませんか?
(あ、思いませんね失礼しました●)
 
話を戻しますが、まだ梅雨明けしない新潟ですが毎日湿度が大変なことになっております。
私個人的には、くせ毛の持ち主のため「湿度は大敵!!」です。
どんなに暑くなろうとも、夏のカラっとした時期の方が好きですね、湿度は敵、、、一生相容れない●
 
 
そんな時は、
ワタクシの愛して止まない槇原敬之氏の世界を愛でるしかないのです。。。
 
最近、非常に活動が静かなものになっておりますが、
マキ沼の皆さまにおかれましてはどのような推し活ライフを過ごしておられますでしょうかね?
私ですか?たぶん想像通りです、、、●爆
最近はXの徘徊も止めてしまったもので、たぶん私の槇原敬之の情報は4月くらいで止まっております。
あの映画館で上映した頃ね、でも3ヵ月くらいしか経過していないのでね(だからナンダ?●)
 
別に情報を遮断しているわけではないのですけどもね。
ただ槇原敬之氏の活動とこのブログの稼働率は反比例するという過去のデータがありますゆえ。
 
 
本日も、愛でに愛でまくってやろうという魂胆です。
 
 
 
 
『ズル休み』
 作詞作曲編曲:槇原敬之
 
1993年10月1日に発売された9枚目のシングル曲です。
同月10月31日に発売された4枚目のアルバム「SELF PORTRAIT」に収録されております。
 
本日は192曲目となりますが、
ここでもまだこんな名曲が飛び出してくるなんてマキハラ先生一体何者だよ?!
そうだ、、、天才だった(愚問ですね)
 
非マキハラ派の人々にとってはいくらシングル曲とは言えややマイナーな一曲。
マキハラ派にとっちゃ知られ過ぎている神曲、そして
 
 
え?まだ解説してなかったんか?
 
 
と、思わず唸ってしまったほどです。
そして、忘れてはいけませぬ。
1993年と言えば、
 
 
槇原敬之絶賛アイドル期(たんぽぽ毛造語)
 
 
でございます。
しかも真っ只中の中!!爆
この「ズル休み」は1993年10月の発売ですが、ちょうどこの頃マキハラ先生は
 
 
3ヵ月連続シングル発売
 
 
という、今じゃ考えられないようなことをやっていたのですよねぇ。
9月「No.1」→10月「ズル休み」→11月「雪に願いを」
そして、10月終わりにはアルバム発売、そのアルバムにはしっかりとこの3曲は収録されております。
 
 
 
 
わけが分からんよね???(爆
 
 
 
 
まぁ、時代が違うと言えばそうですが、生産性や効率性を考えるとね、、、うん。
そして私はこの時期のことを
 
「槇原敬之星の王子様月間」と呼んでいます。笑
 
ますますわけが分からんと思いますが、そういうことです(どゆこと?爆)
CDが売れていた時期ですからねぇ、素晴らしき90年代、、、
詳細はこちらをどうぞ。苦笑
 
先に述べました「槇原敬之アイドル期」については、
マニアの中でも賛否があることは受け止めております。
 
「槇原敬之はシンガーソングライターなんだから、アイドルではないですっ!」
 
と、お叱りを受けることもしばしばあるのですが、
これは個人の受け止め方であって、私はあの頃そう思っていたのです。
 
 
いや、マジでエグかったよねぇ?
私が佐渡の田舎に住んでいたから余計にそう感じたのだろうか???
都会に住んでいたらもう少し見方も違ったのかしらね?
マキハラ先生は正真正銘の「シンガーソングライター」であって、
アイドルではないことは私も十分に理解しております。
なのであの頃の売り出し方というか世の風潮的に、という意味なんですよね。
 
言い訳っぽく聞こえるかもしれませんが、私はこの考えは変わることはないだろうなぁ、って思います。
なので、賛否の否のご意見あればどしどしDMでもコメントでも何でもお願いいたします。
 
 
ということで、めずらしく前置きが長くなりましたが、
さっそく「ズル休み」の歌詞を引用させていただきますね。
 
 
 
 
 
帰り道のコンビニには なんでもそろってるけど
二人をもとに戻す 接着剤はないらしい
日曜出勤から つかれてもどる僕は
一人ぼっちのつまった 袋を片手にドアあける
 
留守電の点滅 四件は友達の声で
残りの一つはいったい 何て呼べば 僕は救われるの?
 
人は必ず誰かに 愛されてると言えるよ
だって僕は今でも君を とてもとても好きだから
 
 
 
 
明日は月曜日 会社をズル休みして
すいたコーヒーショップで おなかいっぱい食べよう
煙草をとり出して ぼんやりしてるうちに
ウエイトレスがカップと 気持ちまで全部片づけて行く
 
忙しさになんか 負けない恋だと思ってた
あの時 雑誌についてた 占いなんて嘘だと思っていた
 
恋人が今いなくても いるとどうか嘘をついて
僕も「幸せでよかったね」と うまく嘘をつくから
 
 
 
 
僕は誰かを探すよ それはきっと君のためだよ
例えば髪を切るように 生き方は変えられない
 
人は必ず誰かに 愛されてると言えるよ
だって僕は今でも君を とてもとても好きだから
 
人は必ず誰かに 愛されてると思いたい
君のこと想うように 僕もいつか愛されたい
 
 
 
 
全歌詞一気に引用させていただきましたよ。
 
まずね、、、
歌詞の素晴らしさの前に非マキハラ派の人々にお伝えしたいことがありますの。
(果たしてこんなHENTAIブログに非マキハラ派の人々はおるんか?爆)
 
 
 
 
 
イントロが鬼クソカッコいいからぁぁぁ
 
 
 
 
 
これは、声を大にして叫びたい。
私は、メロディについては何も分からん素人でございます。
ピアノはずっと習っていたけど、細かい部分などはよく分かっていないのです。
 
そんな私が聴いても、
 
 
なんじゃ このイントロはぁぁぁぁぁ?
 
 
って思うのですよ。
まず、ヘッドホンなどで聴くことを推奨しております(私が●爆)
音が左右に分かれます←どんだけ素人の表現なのか。。。涙
 
すごいのよ、すごいのよ、このイントロ聴くだけでさ
 
 
 
はい、神曲~♪
 
 
 
って瞬時に理解できるくらいすんばらしいイントロですのでね。
この状態をぜひとも言語化したいんですけどね、無理なのよ私には。
歌始まりのイントロから、すぐにピアノの切ない旋律が続くんですけどね。
 
こちらの楽曲は短調の仕上がりとなっているかと思いますけども、
 
 
こんな切ないメロディラインどうやって生み出したん???
 
 
って、思わず聞きたくなるほど、メロディだけで切なさMAXとなってしまうのですよ。
マキハラ先生は「詞先」の天才ですゆえ、やはり言葉の力ありきのメロディだとは思いますが…
 
 
 
 
 
ていうかね?
3ヵ月連続のCD発売で、この「ズル休み」の前が「No.1」なんですよね。
先ほども過去記事貼り付けましたけどね…
 
 
 
 
ふり幅えぐいな?
 
 
 
 
「No.1」との落差が激しすぎて、1ヵ月では我々マニアは心の整理がつかんのですよ。
もちろん、「No.1」の僕と君のその後の物語ではないことは分かっていますよ。
だからこその、この落差がえぐすぎて余計に
 
 
 
槇原敬之の天才みを感じずにはいられないのです
(これがただ言いたかっただけの説●)
 
 
かたやラブラブはっぴーな神曲、
かたや失恋の切なさMAXの神曲、、、
槇原敬之のすごさをこれでもか?と見せつける3ヵ月だったのかもしれぬ。
 
 
 
話しを「ズル休み」に戻します。
先ほど歌詞を引用しましたので、順番にいきたいと思います。
 
こちらの曲は、
歌の主人公僕の焦燥感や悲壮感が溢れており、
さらに(恐らく)失恋後の切なさ、君への未練、(お得意の)ネチネチ感がたんまり詰め込まれた
 
 
 
そうそう!槇原敬之はこうでなくちゃっ!!
 
 
 
な、1曲に仕上がっているかと思います(HENTAIマニア目線)
もちろん、ラブラブはっぴー!(表現…●)な曲も大好きです、大好きですが。
 
90年代の槇原敬之と言えば、
このネチネチ感、ジメジメ感が最高だろう!って思ってしまう私をユルシテ。
 
 
そして1コーラスAメロ、、、
 
帰り道のコンビニには 
なんでもそろってるけど
二人をもとに戻す接着剤はないらしい
 
 
 
・・・。
 
なんじゃこれ?(”これ”呼ばわりを謝罪いたします)
 
 
この曲を初めて聴いたのは、
当時のマキハラ先生のラジオ番組「CLOSE TO YOU」です。
発売前に初解禁されておりましたが、私をそれをカセットに録音して、
ルーズリーフに一生懸命歌詞を起こしていたのです(そんな時代もあったのですよ…遠い目●)
 
 
そしてその時に思った「なんじゃこの歌詞は?天才なのか?」って。
何と表現したらいいのだろうか、槇原敬之にしか書けぬ唯一無二の歌詞ではないだろうか?と。
 
 
その後に、
僕は日曜出勤で疲れて帰宅している状況、、、というのが分かる歌詞へ続きます。
その部分を聴いてさらに思う
 
主人公僕の疲弊感、
それは仕事での疲れもあるが今は君がいないことへの切なさとそれに対するストレスからの疲労感。
トボトボと歩いている僕の情景さえ目に浮かぶという不思議さ、、、
何でもそろっているコンビニだけど、君とよりを戻す術はもうないのだ、という悲壮感。
 
そして「接着剤」という日常的な物品を例えに出しながら、
そんなに簡単に元通りになれるなんて思っていないことは分かっちゃいるけど、
それでも「君と元通りの関係になりたい」僕のわずかな願いも含まれていて、そこがまた切ないのです。
 
 
総じて切ない、、、(これに尽きる)
 
 
天才槇原敬之の表現力に唸る歌詞ではありますが、
失恋の悲しさ、切なさをこんな身近な情景に落とし込んでくるなんて、勘弁してほしい。
 
そしてそのコンビニで購入した品物の入った袋を
 
 
一人ぼっちのつまった袋
 
 
と表現するマキハラ先生の波状攻撃たるやすごいな???
 
 
そうなんです、ここまでが1コーラスAメロなんですよ。
まだまだ物語は始まったばかり(?)なんですよ、ここで倒れていてはいけないのですよ。
意識を保つことが我々マニアの使命でありますっ!!(一体どうした…?)
 
 
いやしかし、ここまででこの1曲がいかに神曲かが伝わるなんて、末恐ろしい天才です。
ちなみに1993年といえば、マキハラ先生は24歳です。
 
24歳だと?ウソだといってくれ、ウソだとぉぉぉぉ…(叫
 
 
1コーラスのたったAメロ部分で、
歌の主人公僕の失恋での落ち込みがマキハラ節で表現されていて、さすが槇原敬之です(?)
 
そしてそこからのBメロへ
 
 
時代を感じる表現。
留守電は5件、そのうち4件は友達から。
日曜日だったので、携帯電話がショルダーバックの時代ですからね。
家電にたくさん友人たちからのメッセージが入っていたと想像されます(人気者ですね?)
それか、事情を知ったる友人たちからの励ましのメッセージだった可能性もありますか?
 
そして残りの1件が、恐らく君からのメッセージ。
 
それに対して僕は「何て呼べばいいのだろう」と悩んでいますね。
 
恋人、元恋人、友人、知人、、、
 
恐らく僕自身はもう分かってはいるんでしょうけどね。
自分の中でまだ受け入れられていない印象はありますよね。
そして、離れてしまったはずの「君からのメッセージ」がまた気になるところですよね。
 
もしかしたら、君自身もまだ迷っている、悩んでいるのかもしれない。
そのようなメッセージだったのかもしれません。
ただ、僕はまだ未練があるようなのに、そこに踏み込めない何かがあるのかもしれませんしね。
 
通常で考えてしまうと男女の関係性が壊れてしまった、という印象ですが。
もしかしたらそうではない可能性も含んでくるのが、槇原敬之氏の歌の世界観なのであります。
だからこそ、聴き手によっても受け止め方も変わるし、、、
 
その後のサビ部分で僕はまだ君のことを「とてもとても好きだから」と歌っております。
 
 
なんかしらのメッセージが君から届いていて、
まだ好きという気持ちがある僕がいて、もしかしたらよりを戻せるチャンスなのかもしれませんが
恐らくそういう状況ではないというのは伝わってきますよね。
 
深読みしずぎるとドツボにハマってしまいますので、このへんで止めておきますが…
 
 
そうなんです、サビパート。
 
 
人は必ず誰かに
愛されてると言えるよ
だって僕は今でも君を
とてもとても好きだから
 
 
これがね。見てくださいーーー!!このネチネチ感(マキハラ先生ごめんなさい)
ネチネチ感というか、若干の開き直り感も否めない表現で非常にヨキですね。
 
 
もう未練たっぷりで、若干の執着性もありゾクゾクしますが私がおかしいのでしょうか?
君からのメッセージは、何だったのか。
君も僕と同じ気持ちならば、このサビはないと思うのですよね。
なので、まだまだ僕は君のことが好きだけどね!という強がり的な要素が出てくる内容だったのしれませんね。
 
というか、マキハラ先生の曲たちは、
点で考えてはいけないなぁ、と常日頃思いますね。
 
やはり全体のバランスや、1コーラスでの歌詞が後々の伏線となる場合もあるため、
確かに1コーラスではこう表現していたけど、
結果的に全歌詞を読んでいくと、どうやらそれが変化してくる、ということが多々ありますよね。
 
 
ということで、それを踏まえながらの2コーラスへ。
 
ここでこの曲のタイトル「ズル休み」という単語が登場します。
 
 
 
 
曲タイトル天才ですか???
 
 
 
 
非常に秀逸な。
日曜出勤している僕ですので、休みなく働いている→非常に忙しい日々
それが別れの原因になっているような描写がこの後登場してきます。
 
そんな忙しい日々、休日出勤しなければならないほど。
今の2026年の時代ならば必ずや「代休」を取得せねばなりませんよね?
ただ、時代は1993年ですよ、週休二日制度も怪しい時代ですよね?休みなしで働いていた僕。
 
 
そんな僕が「ズル休み」をするという強行突破へ。
時系列が分かりにくいですが、2コーラスの歌い出しの部分では「未来」の話をしております。
ただ、それがいつの間にか
 
すでにズル休みをしてコーヒーショップに来ている僕がいる…???
 
それか2コーラスは全て僕の妄想(想像)なのですかね?
ただ、その可能性もありそうですね。
 
結局僕は「ズル休み」はできなかった。
2コーラスの描写は僕の日曜出勤の後の妄想なのかもしれない。
この部分は、聴き手によって二分するような気がしますが、私は妄想に1票です。
忙しすぎる僕、明日は会社なんか休んでやる。
きっと空いているであろうコーヒーショップ(平日なので)で、お腹いっぱい食べてやる。
という想いがあるのかもしれません。
 
ウエイトレスのくだりも、恐らく妄想(想像)、
無機質な動き、マニュアル的な動きをするウエイトレスに、
今の自分の気持ちも全部持っていってほしいという願望のようにも思えてきました。
 
そんなに簡単に片づけられる気持ちだったらいいのに、という想いが隠れているのでしょうね。
 
そこからのBメロ、雑誌の占いのくだりへ。
こちらは回想でございますね、どれだけ忙しい日々を過ごしていたのだろう。
ただ、雑誌の占いについては後付けだとは思うし、そして僕もそれは分かっている。
「忙しさ」だけが別れの原因ではないことはきっと分かっているんだろうな、とも感じます。
 
 
そして、2コーラスのここまでの歌詞が、
1コーラスでの「残りの一つ」のメッセージがきっかけになっているんですよね?きっと…
そのメッセージに対して僕は考えを巡らせている。
 
会社をズル休みしてやろうというくらいにまでは…でも実際は僕はズル休みはしないような気もします。
 
 
そこからの2コーラスサビ。
 
恋人が今いなくても 
いるとどうか嘘をついて
僕も「幸せでよかったね」と 
うまく嘘をつくから
 
 
ああああぁぁぁぁ。
切ないし、ネチネチだし、もうどうしようってんだ。
 
まだ僕は君のことが好きだし、
もし君がよりを戻したいという想いがあったとしても、僕は「もう戻れない」と思っている。
気持ちの面では「こんなはずでは」「まだ好きなのに」という想いで溢れていそうなのに。
 
なのに、このサビパートでは精一杯の僕の強がりということなのでしょうかね?
君に恋人がいなかったら、まだチャンスがあるように思えますが、
それでも僕は自身の気持ちとは裏腹にこの関係を断ち切ろうとしているような気がするのですよね。
 
 
 
僕はそれがふたりにとって最善だと思っているから…
 
 
 
なのだろなぁ、と思えてまたそこで切なさ倍増なのです。
 
むむむ、何というか私の深読みかもしれませんが、
何というかただの失恋の曲ではないですね?この神曲は、まったく。。。
 
先ほども書きましたけども、
聴き手によって受け止め方も異なってくるので、あくまでこれは私の解釈ですゆえ。
 
 
 
そしてCメロ、、、
 
僕は誰かを探すよ 
それはきっと君のためだよ
例えば髪を切るように 
生き方は変えられない
 
 
このCメロで、何か答えの片鱗のようなものが見えてきている気もしますが…(どうだろ)
 
僕はまだ君のことが好きでたまらないけど、誰か他の人を探すことに決めている。
そしてそれは「君のため」だと言っている。
髪の毛は心づもりができれば簡単に切ってしまえるけど、自分の生き方は簡単には変えられないのだ、と。
 
 
 
深くね?(涙)
 
 
きっと天才槇原敬之のことだから、額面通りの想いだけではないはずなのよね。
「生き方は簡単には変えられない」
→「生き方を簡単に変えられるようなら別れることはなかった」のかもしれませんよね。
非常に意味深な歌詞で、ここにも色々な解釈が当てはまりそうな予感がします。
 
何か、僕には人生を左右するほどのしっかりとした信念があるような気もします。
君と関係を続けていく上で、そこを否定というか、避けては通れない条件のようなもの。
そういうものがあって、僕も譲れない部分があるのだろうな、と。
こんなにまだ君のことが好きな僕なのに、恐らくそれは「君のため」の最善の策であったと。
 
忙しさも最大の原因だったのだろうとは思いますが、
それだけではない、二人の関係性など、背景などを考えていくと、さらに切なさ溢れてしまう。
 
 
残りの1件の君からのメッセージが、もし「よりを戻したい」という内容だったら?
とか、色々と妄想は捗るのですが、
「ただ好き」だという気持ちだけでは超えられない何かがあるのかもしれませんし、
僕は断腸の思いでの別れだった可能性もありますので、、、(うーん、難しい)
 
 
 
 
難しいよ、、、マキハラ先生(涙)
 
 
 
 
こんなに深く歌を考察しているなんて、1993年の14歳だった私に教えてあげたいくらい。
 
 
 
そして大サビの
 
君のこと想うように僕もいつか愛されたい
 
 
人は必ず誰かに愛されていると言える→と言っていた僕が「愛されていると思いたい」
最後、若干の弱音を吐きだす部分でこの曲は終わります。
 
この言葉の裏には
「そう思わせてほしい」という僕の祈りが含まれている気がしますよね。
 
 
この表現が正しいかは分かりませんが、
この曲は終始 重く気怠い感じを纏っていると思うのです。
主人公僕の想いで進んでいくので、君の気持ちは分かりませんし、
メッセージがどのような内容だったのかも明言されていませんしね。
 
それでも、君と僕の関係がもう終わってしまった焦燥感や絶望感が歌詞に表現され、
そこに天才的なメロディが加わって、切なさを助長するという状態。
歌詞表現の天才さは、言わずもがなであるし、そこから読み取れるであろう背景も複雑な気がする。
 
ワタクシの考えすぎな点もあるかと思いますが、
マキハラマニアの皆さまの解釈もぜひとも伺いたいという一曲であります。
 
 
 
最後になりますけどね、
再三書いておりますけどね、1993年だからね?デビューから3年の24歳だからね?
 
 
天才か!!
 
 
大切なことなので、何回でも声に出して叫びたい日本語ですね。
失恋の情景をこんなにも情緒的に表現できる槇原敬之が天才すぎて。
 
 
今の槇原敬之氏も大好きですけど、90年代初期の槇原敬之の才能に毎回ひれ伏してしまうほどです…
 
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#191 悶絶

ごきげんよう。。。
 
一応、このブログは絶賛稼働中です。
前回の記事が5か月前(2月22日)だなんてそんなことは関係ないのです●爆
いつの間にか、ログインが二段階認証になっていて、
ログインするのに若干手こずったとかは関係ないのです●爆
 
 
 
・・・。
 
 
 
ご無沙汰しておりますぅ~(急に媚びだすヤツ●)
こちらのブログは槇原敬之 限界ヲタクであるたんぽぽ毛が日々の何気ない日常を綴っているものです。
この空白の5ヵ月の間に、このブログも丸21年を迎えまして、22年目に突入しました。
あいかわらず宣伝だけは怠らないイヤらしいヤツでございます●●●
 
そして、ワタクシの最推しである槇原敬之氏は57歳となりましたね。
 
え?何ですって?
そうですよ、数行でこの5ヵ月を振り返っているだけです。爆
(もうすぐ終わる我慢してくれ)
 
そして、槇原敬之氏の57歳の誕生日である5月18日には
「槇原敬之Expo2026~第2回 槇原敬之学術大会~」も開催いたしました。
こちらについては、このブログにも備忘録として残しておきたいので、そのうちまとめようかと思います(たぶん)
 
そうなんですよ、あっという間の5ヵ月でしたね。
昨年と昨昨年はこの期間でツアーが開催されておりましたが、今年は静かなものです。
マキ沼の皆さまにおかれましては、充電期間という名の推し活軍資金の貯蓄期間(言い方●)
またマキハラ先生が大暴れしてくださると信じて、コツコツとその日のためにお金を貯める期間です。
 
 
ということで、そんな”静かに強くなろうシーズン”中ですが、
このブログは休んでいられないっ!!
マキハラ先生の充電期間に記事数を増やすことが使命でありますっ!
(一体どの口が言って…る?)
 
思い返せば年頭に「今年はブログ中心に頑張りますっ!」と書いたような書かなかったような…
幻だったか?とは思いたくないですが、あと半年ありますからね。
今年の「この曲を聴いてくれ」の目標は#200なのです。
まずはそれを目指し、またコツコツしたためる所存です。
 
 
はい、以上でこの5ヵ月の振り返りと反省と今後の意気込みを綴らせていただきましたよ。
 
 
今回、何の因果かこのブログを初めて訪れてくださった方、
もしくは「悶絶」で検索して不幸にもこのブログが引っかかった方、
 
 
 
え?コイツは何を言っているんだ?言い訳ばっかりで全然解説始まらねーじゃねーか●
 
 
 
と、思っている方も多数と思いますが、
 
 
これが「綿帽子の手帖スタイル」ですっ!!(突然の開き直り●)
大丈夫です、この前置きももうすぐ終わりますのでもう少しの辛抱ですぞ。
初めましての方も、いつも読んでくださっている奇特なマニア様たちも、全ての方に
 
 
ありがとうございます
まだこのブログは続きます
よろしくお願いいたします
 
 
と、伝え前置きを終わりたいと思います。爆
 
 
 
 
 
ということで、本日も素晴らしき槇原敬之氏の世界を愛でましょう!!
5ヵ月ぶりの「槇原敬之のこの曲を聴いてくれ」、、、今回は、
 
 
 
 
『悶絶』
 作詞作曲編曲:槇原敬之
 
 
2021年10月27日に発売(先行配信は10月25日)された 23枚目のアルバム「宜候」に収録。
ここでお気付きですかマキハラマニアの皆さま、、、
マキハラ先生の中ではこのオリジナルアルバムが最新アルバムの立ち位置です。
 
そうですっ!!
 
 
5年が経過しようとしているっ!!ではないですかぁぁぁぁぁぁぁ
 
我々マキハラマニアは、わけあって(●)「待つことが得意」な部族です。
ただ、そんな部族でもさすがに5年は長いのではないですか?と思ってしまいました。
しかしながらこの5年の月日を感じさせない昨年までのマキハラ先生の活動っぷりです。
 
分かりました、許しましょう●(なんでこの人こんなに偉そうなんだ…)
槇原敬之氏1990年にデビューし、これまでの歌手活動約35年と9か月、、、
次のアルバムが発売されるまでに待たされる期間の記録を更新し続けております。
 
あっ、これは決してイヤミなんかではないのですよ。
それだけこの35年我々マニアは恵まれた環境にいたというわけですよね(しみじみ)
だってさ、この35年の期間中に2回のディープインパクト●があるんですよ???
通常では考えられない出来事であるため、もう普通が何なのか麻痺してしまいそうですが…
つまりそういうことです(?)、
 
 
我々マキハラマニアは槇原敬之に甘やかされてきた
 
 
ということです。
なので、5年も新譜を待たされるのはへのカッパ(?)なのですよ。
マキハラ先生、どうかゆっくりと製作活動に取り組んでいただきたいものです。
私みたいな変な輩マニアのことはお気になさらずに、ご自分の信念の元に創作してください。
 
そして、それが世に放たれる際は全力で楽しむ準備はできておりますっ!!
その準備期間が今で、静かに強くなろうシーズン なのであります。
 
 
お前は一体どの立場で、、、?と思いますよね、えぇ、私も思いますもの●爆
いいんですよ、このブログは22年目に突入しても来訪者は少ない弱小ブログですのでね。苦笑
何言っても誰も聞いちゃいねぇってやつです(しかし暴走はやめておきます(汗))
どうやったら閲覧数増えるん?って思うけども、たぶん記事の切れ間を無くせばいいのだろうな。
答えは出ている、あとは私がそれをやるかやらないかだ!!(やるやる詐欺だ!!●)
 
 
 
書いていていつも思う、話が転導しまくって支離滅裂だと…
うん、ワタクシにはそのような特性があるのだろうなと思うけども。
ということで、申し訳ありません「悶絶」へ戻ります。
 
 
 
2021年発売のアルバムですので、
マキハラ先生恐らく50歳を超えてからの制作だったかと思います。
色々と酸いも甘いも経験して成熟したお年頃、、、若い頃の恋愛を振り返って、、、という流れです。
 
 
まずは、歌詞を引用させていただきます。
 
 
 
素敵だった君が こんな冴えない僕を
気にかけてくれたなんて 今世紀最大の謎
故郷が近くてとか 方言も似ていてとか
どうでも良い事でも 理由にしたかった
 
多分もう君みたいな人には
会えないと勝手に思い込んでた
 
君を好きって気持ちが 何よりも正義だと
思い込んでいた僕を どうか許して
時々恥ずかしすぎて 眠る前に一人で
頭搔きむしりながら 悶絶してる
 
 
 
いつまでも付き纏う 言いようのない不安は
君の魅力のせいだって 勝手に思っていたけど
今なら分かるよ 僕らのこの恋が
運命の出会いじゃないと 気づいていたからと
 
失恋が全然悪い事じゃないと
今となっては簡単に言えるけど
 
君を好きって気持ちが 何よりも正義だと
思い込んでいた僕を どうか許して
時々恥ずかしすぎて 布団で顔を隠してる
迷惑をかけたよね 今は感謝しかないよ
 
 
 
君を好きって気持ちが 何よりも正義だと
思い込んでいた僕を どうか許して
時々恥ずかしすぎて 眠る前に一人で
頭かきむしりながら 悶絶してる
 
迷惑をかけたよね 今は感謝しかないよ
 
 
 
 
 
全歌詞引用させていただきました。
 
そして、ここで曲タイトル「悶絶」の意味を改めて調べてみましょう。
 
 
【悶絶】(名詞)
激しい苦痛や感情のあまり、もだえ苦しんで気絶すること。
本来は病気やケガなどの強い痛みに対して使われるが、現代では転じて
極端な感情の高ぶり(感動や面白さなど)や、非常に美味しいものを表現する際にも用いられる言葉。
例えば「身がよじれるほど笑える」「気絶しそうなくらい可愛い、または美味しい」など、、、
 
本来の「苦痛による気絶」というシリアスな場面だけではなく、
「感情の大きな揺れ動き」をユニークに伝える表現としても幅広く使われている。
 
 
 
日本語というものは時代と共に変化していくおもしろい言語ですよねぇ。
これって、他の言語にはよくあることなんでしょうかね?
 
恐らく本来の「悶絶」の意味は前者だけだったはずですが、
時代の流れや世論の風潮なで徐々に言葉の持つ意味が変化したり膨らんでいくんですよね。
 
 
マキハラ先生の本日の「悶絶」に関しては、
前者後者で、なんとなくどちらの意味も良い塩梅で含んでいるような気がしますがどうですか?
 
過去の自身の恋愛を振り返って見悶えている主人公僕の画が見えますよね。
マキハラ先生自身もセルフライナーノーツにて
 
10代や20代の頃の知識が浅い中での恋愛を振り返ることがある。
その頃やっていたことを思い返しては寝る前にもんどり打つことがある。
でもそれは決して悪いことではなくそういう思い出も今の自分を豊かにしてくれている。
 
上記のように話されておりましたね。
「もんどり打つ」という表現がマキハラ先生らしいなぁ、って思えます。
 
 
私は、最初この曲を聴いた時は
現在進行形の話なのかしら?などと能天気に描いていたのですが、
実は過去の自分自身の恋愛を振り返ってまさに「悶絶」級の出来事の数々に身悶えている、ということなのね。
 
 
1コーラスでは、ハッキリとした「君」の存在が紡がれております。
故郷が近くてそれだから方言も似ていて、そんな些細なキッカケで君が僕を気にかけてくれたのかな?って
きっと僕は恋愛には自信がないタイプであっただろうと想像できますが。
 
そんな君が僕を好きになってくれた(んだよね?)ことに感謝しているんだけど、
その中でも「こんな自分が好きになってくれたなんて奇跡だ」的な想いがあったのだろうと。
僕の自己肯定感の低さも少し感じられて、非常に気持ちが分かります私。
 
「私みたいなヤツと結婚してくれて」とか、未だに我が夫に思いますものね。
 
どう考えてもおかしいだろ、どこが良くて結婚したん?って昔はよく聞いていたくらい。苦笑
ただ、あまりに自己肯定感が低すぎるのも難ありなんですよね。
卑屈になりすぎるのもいかがなものか?とは思います。
ただ、圧倒的に自信が足りない私なんかは、そう思ってしまうんですよね、そして調子に乗る。爆
 
 
そしてサビですよ。
 
 
君を好きって気持ちが 
何よりも正義だと思い込んでいた僕
 
 
この表現がマキハラ先生らしいなぁ、って思う。
若い頃の恋愛を振り返っているわけですが、
「好きという気持ちさえあれば…」という思考になりがちだと思うのです。
 
ただ、やはりそれだけでは上手くいかない、ましてや恋愛経験も浅い若い頃。
それだけで突き進めるほど世間は甘くなかった、という現実があったのだろうなぁ、と予想されます。
 
槇原敬之の歌詞は「回りくどさ」で有名(デスヨネ?)ですが、
このサビ部分もまさに!な表現で唸ってしまいますよねぇ(垂涎)
 
そして、寝る間際にそんなことを思い返しては
頭を搔きむしっているであろうマキハラ先生を想像するとたまらんのです。
 
 
そして2コーラス。
この「悶絶」という曲は、割とストレートな歌詞運びで、
マキハラ先生の曲たちの中でも分かりやすいに分類されると(勝手に)思っているのですが。
 
この2コーラスのAメロはマキハラ節だよなぁ、って思っています。
 
 
いつまでも付き纏う言いようのない不安
とか
僕らのこの恋が 運命の出会いじゃないと気づいてた
とかさぁ、、、
 
 
 
マキハラってるよねぇ?(マキハラってるとは…?爆)
 
 
 
恋愛中なんだけども、得体の知れない何かに常に怯えている感じ。
「こんな幸せが続くはずがない」という想いが心の奥に潜んでいるのかもしれませんよね。
そして「運命の出会いではない」と気づいてしまった僕。
マキハラ先生伝家の宝刀「ネチネチ感」が見え隠れするこの表現。
 
それに気付いたのは僕が先なのか、君が先なのか。
いずれにしても今思い返すと、とあるのでその当時はそこまで冷静ではなかった可能性もありそうですが。
 
 
マキハラ先生の描く恋愛は、
この表現が正しいかは分かりませんが、どこか後ろめたさを秘めていたり、
完全なるカラッとした曲もあるんですけど、往々にしてこのタイプの曲が多い気がしてます。
マイノリティなどの想いを抱えた主人公僕がいるのかもしれないですし、
自身に自信を持てない僕がいるのかもしれないですし、それはハッキリとは分からないのですが。
ただ、この「悶絶」2コーラスのAメロに関しては、少しダークな雰囲気を纏っているような気がするんです。
 
それこそマキハラ先生が表現している
「いつまでも付き纏う言いようのない不安」なんでしょうかね。
その正体は分からないけど、我々マニアもそんな背景を想像しながらマキハラ先生の曲に想いを馳せたりと…
 
 
そして、この曲に限らずいつもマキハラ先生の紡ぐ曲たちの「僕」は
「君」に対して、自分自身が至らなかったという想いで溢れているような気がしませんかね?
私はそんな気がしているのです、あははおほほな神曲たちは一旦置いておいて(あははおほほ?…爆)
特に槇原敬之の真髄である「叶わない恋や届かぬ想いを描いた曲」に関しては、その傾向がありますよね。
 
 
それがサビの「迷惑をかけたよね 今は感謝しかない」に繋がると。
恋愛は一方通行ではないはずなので、特にお付き合いしていたならば尚更。
この曲の僕と君はお付き合いしていた、と思っているんですが違うんかな?
 
そんな中で、恐らくお互いの想い、、、のはずなのに、「君に迷惑をかけた僕」が描かれている。
 
若い頃より、色々と成長した僕がいるというのは分かるのですが、
お互い様という場合もあるんだろうな、って思ったりもします。
ただ、「悶絶するほど」と表現するマキハラ先生なので強烈な記憶があるんでしょうね。
 
 
、、、と、冷静に分析してしまうと情緒も何も無くなってしまうため、いつものように生温かく読んでくださいね。
 
 
寝る前に悶絶しているマキハラ先生を想像すると、こちらが見悶えなんだが…・?
 
 
 
いやでもね、これだけは最後に言いたいっ!!
50歳を超えてこんな可愛らしい曲を作った槇原敬之が
 
 
 
最高かよ
 
 
 
ごちそうさまでございます、なんですよ。これに尽きるんです。
50歳を超えたマキハラ先生のラブソングを切に期待しまくっている私が顔を出します。
 
昨年のツアーでは、チラっとそんなことも話していたので期待は高まるばかりです。
 
酸いも甘いも色々な経験を経て今現在の槇原敬之が紡ぐラブソング、、、
 
 
 
 
 

聴きてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーー

(全マニアの総意と思っている)
 
 
 
 
 
異論は認めん、聴きたい!聴かせてくれ!!マキハラ先生頼む!!
 
 
 
ということで、何も考えずに(ここまで書いてきたのにね?爆●)、
「悶絶」を聴いて我々も来たる衝撃に向けて見悶えながら眠りにつくことにしましょう。
 
悶絶

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#190 僕は大丈夫。

ネコの日でごわす。
 
このブログの開設自体は2005年3月なのですが「槇原敬之のこの曲を聴いてくれ」に関しては、
2020年2月22日に第一回目の「#1 どんなときも。」を書き始め、本日で丸6年が経過しました。
 
このブログは恐らく9割9分9厘マキハラマニア様しか読んでいないと思われますゆえ一言いいですかね?
 
 
 
 
この6年、、、
色々あったよねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ(嗚咽)
 
 
 
 
2回目のディープインパクト●(2020年2月13日)をきっかけに「槇原敬之のこの曲を聴いてくれ」を始めまして、
あの時はこの先どうなるかなんて全く分からない状態だったため、
この先の未来に「槇原敬之の曲を聴いて何か感じる人がいてくれますように」の想いを込めて。
ほぼ祈りの境地で書き始めました、、、
 
6年経過しましたが、本日で190曲、、、
 
えーと、、、(汗)
当初のワタクシの算段では3年ほどで全曲紹介(たんぽぽ毛調べによると約280曲近くあります)だったのですが。
 
 
まだまだ先は長えぇぇな●(爆)
 
 
まぁ、恐らく今年中にはさらにマキハラ先生の持ち歌が10曲近く増えるでしょうし(希望)ね。
マイペースでいきたいと思います。
 
 
ということで、7年目に突入の「槇原敬之のこの曲を聴いてくれ」もよろしくお願いいたしマース♪
本日は初期の名曲です。
 
 
 
 
 
 
 
『僕は大丈夫。』
 
作詞作曲:槇原敬之  編曲:服部克久/槇原敬之
 
 
 
1991年9月25日に発売された2ndアルバム「君は誰と幸せなあくびをしますか。」に収録。
何と編曲はあの服部克久さんですよ、、、
ストリングス的な音と、切ないピアノの旋律が印象的な大失恋ソングでございます。
 
これまで再三書いてきましたが、
私が人生で初めて買ったアルバムがこの「君は誰と幸せなあくびをしますか。」でした。
12歳の冬、、、衝撃的な出会いでした。
「どんなときも。」しか知らんかった若かりし日のたんぽぽ毛。
 
「アルバムって何?」
 
ここからがスタートです。
シングル/アルバムとかのくくりも訳が分からない小学6年生でしたよ。
我が娘は今小6、、、このマキハラ先生のアルバムを初めて買った時とほぼ同じ時期です。
もう35年も前になりますのでね、、、時代も異なります。
 
そんな新潟県のちっちゃい島で育った田舎者のワタクシ。
突然シングルとかアルバムとか言われても分からん●
そしてネットもスマホも無い時代、、、あの頃、私はどうやって情報を得たんだろうか?とよく考える。
圧倒的にラジオの力が大きかったな、という記憶です。
 
 
・・・。
 
 
はっ!また悪い癖が、、、ワタスの思い出話はいらんのです。
何が言いたかったかと言いますとね、
人生で初めて手にしたアルバム(最初はカセット(爆))、人生で一番聴いたよねってことです。
 
そして、正直な話。
本日の「僕は大丈夫。」ですが、苦手でした、当時も今も、、、
この曲好きな人ごめんなさいです。
 
ただね、あまり好きではなかった理由が
 
 
あまりに悲しすぎる旋律と、切なすぎる歌詞
 
 
これですよ。
そして今思えば
それが槇原敬之の真骨頂であると分かる…
あの頃君は若かった、、、そうそして今も精神年齢は若いのかもしれん(悪い意味でな●)
 
聴くと悲しくなるし、どうしようもない切なさで心やられていたんですよ…幼きながらね。
でも早送りすることはなかったですね(最初はカセットだったからね…)
もし最初からCDで手に入れていたのであればもしかしてスキップしていたかもしれません。
カセットだったからこその良さもあの頃あったのだな、と思えますよ。
 
そして、、、そこからの「どんなときも。」へ繋がるのです。
まぁ、本日は「僕は大丈夫。」ですので、その話はまた別の日に、、、
 
何回も何回もテープが擦り切れるほど聴いた2ndアルバム。
もちろんソラで全て歌えるし、
私の槇原敬之人生の始まりのアルバムだったため私の身体は「君は誰と幸せなあくびをしますか。」で生成されているのかもしらん●
いや、それは言い過ぎなのですが、それくらい思い入れのあるアルバムとなっております。
 
 
そして、以前「槇原敬之の曲タイトルに句点がついているものは?」という槇原敬之検定問題があったかと思います。
その時は
「どんなときも。」
「困っちゃうんだよなぁ。」
「超えろ。」
3曲だね、なんて言っていたのですが、、、とんでもねぇ、「僕は大丈夫。」もでしたね。
ということで、4曲が正答となります、お詫びも含めて訂正いたします、申し訳ございません。
 
 
僕は大丈夫。
 
 
この句点の意味もちょっと考えていきたいと思いますよ、、、
ということでいつもの歌詞を引用させていただきます、本日は全歌詞一気にいきます。
 
 
 
 
 
そういえば「好きよ」って 
言ったこと なかったね
テーブルごしに腰かけた 君を見つめて
時々 よそ見して 話も 聞かないで
素直な君は 嘘が かくせなくて
 
戸惑わないで 優しすぎる人程
幸せ つかめないこと よく知ってる
 
僕は大丈夫 だから もう泣かないで
最後ぐらい 笑って 別れよう
 
 
 
窓の外 人々は 背中 丸めながら
帰り道 急いでいる 街は夕ぐれ
僕達も 同じように いつか すれ違っても
気付かないまま 過ぎてしまいたいね
 
ほんの少しの 僕だけの君だった
君を苦しませたこと 許さないで
 
僕は大丈夫 はやく 彼の所へ
君の肩を つかまえる前に
 
 
 
 
ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ(うるさい●)
 
おいおい、この曲悲しさしかないんだが(涙)
もうこの悲しさどうしたらいいんだよ、ってくらいの悲しさと切なさなんだが…
 
 
1コーラスAメロの「好きよ」と言ったことなかったのは、僕なのか君なのか…
 
①「好きよ」と言ったことなかったのが君の場合
お付き合いをしていた仲だろうとは思うが、相手の意思確認をしなかったのか?
どのような流れでお付き合いすることとなったのか…謎すぎるんよな
君からの「好き」という実際の言葉がなかった上での始まりだったとしたら…悲しすぎる
 
②「好きよ」と言ったことなかったのが僕の場合
これは全面的に僕が悪いような気がするんですがどうでしょうかね?
実はお付き合いしていると思っていたのは僕だけだったのか、それとも僕の傲りだったのか…切なすぎる
 
 
ただ「好きよ」というフレーズはやや女性側のような気もするが、
決してそれだけには捉われない考え方がいいのかもしれませんしね。
しかし時代は1991年ですからなぁ、、、さらにこの曲は10代の頃に作っていた可能性もありますので。
バブルの頃ですよ、私もよく分からんですけどねバブル…(爆
 
この「好きよ」言ったことなかったのはどっちなんだい問題、結構重要な気がするんだよねぇ。
それによってはこの曲の印象が変わるんですよねぇ。
君だった場合は、なんとなく全面的に君のわがままのような気もしますね。
僕だった場合は、なんとなく全面的に僕の君への配慮が至らなかった気もします。
 
この曲はある二人の別れの一場面のキリトリではありますが、僕に同情するか君に同情するか…
状況によってはこの曲の印象が180度変わってしまうんですよね…
 
 
 
・・・。
 
 
 
え?マキハラノリユキ天才なんか?
どのように捉えるのかは、聴く側の自由なのですけどね。
 
 
初見で聴くと全面的に「僕に同情」してしまうような気もする。
泣いている君、そして「僕は大丈夫だから」と優しく伝える僕。
 
 
ただ、1コーラスAメロでは
 
時々 よそみして 話しも 聞かないで
 
これはいかん。
そうなると心変わりしたのは君なのかなぁ?って思えるのですよね。
となるとやはり「好きよ」と言ったことなかったのはやはり”君”なのか…
 
1コーラスBメロでは
 
戸惑わないで 優しすぎる人程
幸せ つかめないこと よく知ってる
 
 
僕とこのままいることで「君は幸せになれない」ということ
君は優しいから君からは別れを告げられない、、、だから僕は大丈夫だから という流れなのか
 
 
さらに、2コーラスBメロでは「君を苦しませたこと 許さないで」なんですよね。
君を苦しませてしまったのは、全面的に僕のせいなのか。。。
「好きだ」と愛情を直接伝えなかったことで君を苦しませていた可能性。
それとも、心変わりは当のはじめにしていたのに、切り出せなくしていたのは僕のせい、、、苦しませてゴメン。
どちらの可能性もありそうですけどね、、、
 
 
でも全面的に言えるのは
 
 
僕が優しすぎるというか、、、(若干イライラしてしまうほど)
君のことを思って、自分の想いを何とか抑えているというのは伝わります。
いつも思うのですが、マキハラ先生の曲たちにはこういうシチュエーションが非常に多い。
 
 
聴いているこちら側としては
「もっと想いを相手にぶつけてあげればいいのにーーーっ!」って思ってします。
 
これは、女性側と男性側とで異なるのだろうか。
まぁ「君と僕」の関係性が必ずしも異性同志ということはとりあえず横に置いておきますが。
 
 
少し戻りますが、2コーラスAメロ。
1コーラスとは目線が変化して、窓の外を見つめる僕、、、
 
 
僕の心がそのまま窓の外に映る人々に投影されているのですよね。
「背中丸めながら」という表現が少しマイナスな表現なんですよね。
そこからの、
 
いつか すれ違っても 
気付かないまま 過ぎてしまいたいね
 
の流れなので、もう会いたくないという割と消極的な気持ちなんですよね。
良好な関係での円満別れだとしたら、
数年後またお互い笑顔ですれ違えるといいよね、と少しポジティブな気持ちになりそうなのです。
 
この僕の気持ちと外の人々への気持ちの投影は若かりし槇原敬之の片鱗がえげつない。
 
一方的に別れを告げられている場面なのか。
僕は円満に進んでいると思っていた関係性だったのか。
そこからの「そういえば「好きよ」って言ったことなかった」なのか…
 
 
やはり、「好きよ」と言ったことなかったのは「君」なんだろうなぁ、って。
 
 
僕は何とか自分の気持ちを抑えようとしているし、
2コーラスサビでは「君の肩をつかまえる前に」で終わっているし…
そのまま摑まえていれば何かが変化したのか、もうそれさえも難しい状況と悟ったのか…
 
 
 
いずれにしても切ねぇ…(涙)
 
 
 
そして、服部克久さんも加えた編集も相まって、この2コーラスサビの終わりで、
アレンジがストリングス風味で盛り上げるのと、
僕の気持ちもきっと盛り上がってきているのだろうな、と。
でもその気持ちを何とか抑えている僕がいるので、さらに聴き手にとっては切なさを助長してしまうという。
 
 
ほんの少しの僕だけの君だった
 
 
という2コーラスBメロの歌詞
実はお付き合いにも至っていなかった可能性もあり僕の思い上がりだった可能性も無きにしも非ず。
 
 
きっと別れを最初に切り出したのは君の方。
でも「君を苦しませたこと 許さないで」と言える僕。
 
 
 
どんだけ人間出来てるんや…(なぜか西鈍り)
 
 
 
優しさとは…ですが。
この曲を作製した時期のマキハラ青年の想い。
どうか実話でないことを祈るのみなのですが…
 
 
そして曲タイトルが「僕は大丈夫。」そうです、句点がついているのです。
この次の曲の「どんなときも。」の際にもその句点の意味を考えたものですが…
こちらの曲に関しては、、、
 
 
 
確実に僕の強がり、そして想いを一生懸命抑えている…
自分自身は君を取り戻したい想いが強いけど、若さゆえの強がりも含めた
 
 
大丈夫!
 
 
と自分自身にも言い聞かせるように「。」で自身で終止符を打った、、、という印象です。
これで終わらせよう、という想いがきっと強いための句点なのだろうなぁあ、と思っております。
 
 
もちろん、いつもの如くこの曲を作ったマキハラ先生の真意は分かりませんのです。
あくまで私が受け止めているこの曲の印象です。
 
最初にも書きましたが、私は正直苦手な部類に入る曲ではあるのです。
でも人生の中でめちゃくちゃ聴いた曲でもあります。
 
 
もうイントロのピアノの旋律が切なすぎて切なすぎて…
どうしたらこんな悲しみMAXのメロディが紡げるのか本当にさ、天才だろ槇原敬之め(怒)
 
 
槇原敬之イズム、、、
自分の幸せよりも相手の幸せを何よりも望む男
そしてたとえ相手に非があったとしてもそれを決して咎めることなく
全宇宙の母性を集結させるかの如く自分にも非があったのではないかと気持ちを抑える
 
マキハラノリユキ的優男、、、それはそれは時には必要なことかもしれませんが
時と場合にもよるのだろうな●と、黒くて卑屈な私は思うのです。
 
君の肩を時には掴んでもよかったのかもしれませんし、
それをもっと早くしていれば、もしかしたら異なる未来が待っていたのかもしれません。
 
何かを押し殺し、そして自分の心の解放は何処へ、、、という曲なのですが。
せめてもの救いは、アルバムで聴いていくとこの次の曲が「どんなときも。」であるということ。
 
そして先ほども書きましたが、この2曲にはタイトルに句点が付いているということ。
意味合いは異なるかもしれませんが「終止符」という意味での「。」に色々と考えてしまう今日この頃です。
 
 
 
さらに最後にこれだけ言わせてくれ、、、
これまでさんざん苦手な曲とか書いてきましたが…
 
 
 
 
声がいい……(最高だろ)
 
 
 
 
この悲しさと切なさに溢れた1曲ですが、、、この頃のマキハラ先生の声がまたたまらない。
だいぶ若い(20歳そこらですからねぇ)ピュアピュアボイスがたまりませんの。
 
「僕は大丈夫。」の僕に幸あれ、、、と本日も祈りながら終わりたいと思います(涙)
 
 
 
僕は大丈夫。

僕は大丈夫。

  • 槇原敬之
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes
 

 

#189 Are You OK?

 
立春も過ぎましたので本日は娘の雛人形を出しました。
今年も無事に飾ることができて何よりです…
ちなみに実家の母は未だに毎年私と妹の雛人形(7段飾り)を出してくれております。
そんな母の手前、私としても毎年出さねばなぁ、という思いですね。
(我が家の娘の雛人形は私の実家の両親が買ってくれたものです…)
3段飾りですが、何気に組み立てたりなど必要で30分はかかるのですがね。
 
めんどくさがりーの私が毎年頑張って飾りつけているのでよほどのことだな、と母も言うほど。
将来的にこの雛人形が形見になっていくのだろうな、とも思ったり。
実家の雛人形は母の父(私の祖父)が買ってくれたものなので、そういう思いも母はあるのだろうな、と。
 
いずれにしてもありがたいことでございます。。。
三月がけにならぬように、3月中には片づけなければならぬのです(これがまた大変)
 
真面目な記事も書けるたんぽぽ毛です。(え●)
本日も素晴らしき槇原敬之の世界を愛でようと思います。
 
この曲、すでに書いたと思い込んでおりました、なぜでしょう…(苦笑
 
 
 
 
『Are You OK?』
 作詞作曲編曲:槇原敬之
 
 
 
2001年10月24日に発売された24枚目のシングル曲。
同年11月21日に発売された11枚目のアルバム「Home Sweet Home」にも収録されています。
 
このブログではこれまでも書いた記憶がありますが、、、
1999年8月に一度目のディープインパクト●があり、翌年2000年11月アルバム「太陽」で復活。
翌年2001年4月に復帰後初シングル「桃」を発売されています、その流れでの復帰後2作品目のシングル曲。
そしてこのシングル曲で、地上派TVの復活を遂げました、、、「Mステ」でしたね。
 
覚えておりますか?マニアの皆さま、、、
 
 
 
フルコーラスだったんですよ?(涙)
 
 
 
もう、Ⅿステ様様と当時拝みながら観た記憶。
今考えると…なかなかフルってないですよねぇ(涙)
99年の一度目のやらかしの直前、1999年8月13日のMステにマキハラ先生は出演しております。
「Hungry Spider」を歌っておりました、、、恐らく逮捕前最後のTV出演。
当時の映像をVHSに残しており、見られる環境にある時はひたすら見まくっておりました。
 
そこからの、再度のMステ出演、しかもフルコーラス、、、
 
 
マキハラマニア、、、
全員号泣しただろ…(もちろん私もな)
 
 
 
そんな想いの「Are You OK?」、、、私はこのイメージがとても強い1曲。
曲調は非常に明るくポップ、ちょっとスカっぽいというか、元気をもらえるようなメロディなんです。
それなのに、それなのに私はこの曲最後まで聴くと絶対泣いちゃう…なんでだろうな、って。
その謎が本日の解説で紐解けるのかもしれない?と思いつつの自己満足解説が開幕します。
 
※ちなみに、このシングルには「Witch hazel」のふれんちでぃすこバージョンが収録されております。
お手に取ったことがない方はぜひとも、このバージョンの「Witch hazel」も…ピアノのアレンジが超絶好き。
 
 
ということで、さっそく歌詞を引用させていただきます。
 
 
 
 
 
雨は降り止むことなく たった今この場所で
派手にころんだ僕と 自転車をぬらし続ける
見てみない振りなのか 助けの手は差し伸べられず
目の高さで過ぎてく車輪が 水しぶきをあげてく
 
思えば今日までの僕は 自分のことが一番先で
困ってる誰かを見つけても 何もしたことがなかった
 
こんな時こそ悲劇の主人公に なるなんてばかなことはやめて
今日僕がして貰いたかったことを 誰かにしてみよう!
 
 
 
あの日と同じように 止みそうもない雨は
派手にころんだ女の子と 自転車をぬらし続ける
あの時すりむいた膝の 痛みと雨の冷たさを
彼女もきっと同じように感じているはず
 
駆け寄って「だいじょうぶ?」って そっと手を伸ばして起こしてあげたら
すこし照れながら彼女が 「ありがとう」って笑ったよ
 
こんな時こそ悲劇の主人公を この世界に増やすなんてのはやめて
あの日僕がして貰いたかったことを 僕はやってみたんだ
 
 
 
雨は降り止むことなく たった今この場所で
懲りもせずまたころんだ僕と 自転車をぬらし続ける
 
だけど今日は違うのさ!僕の上に出来た傘の影 
そして聞こえてくる「Are you okay?」
 
 
 
 
 
まず、毎回英語タイトル曲恒例の「念のため英語の意味を調べてみよう」のコーナーです。
 
 
【Are You OK?】(英語)
大丈夫ですか?の意味。比較的カジュアルな場面で使用することが多いそうですよ。
ちなみにこの英語での問いかけには「I’m OK」「good」「fine」のシンプルな返答が適当のようです。
 
 
よかったです、私の思った通りの意味でした(まぁ、歌詞中にも出てきますしね●)
 
1コーラスと2コーラスで、雨の中転んでしまって…という状況は同様なのですが、
1コーラスでは僕自身、そして過去の回想ですね。
2コーラスでは女の子、さらに回想という流れです。
そして最後大サビで、僕自身の現在進行形の状況が歌われているわけです。
 
歌詞の内容は非常に非常に分かりやすい、小学校1年生でも容易に理解できる内容です(タブン)
 
 
恐らく要約しようとするならば、、、
 
情けは人の為ならず
因果応報
 
このような言葉が頭をよぎるのかなぁ、とは思います。
日本語にはこのようなありがたい言葉が昔からありますよね。
そしてそんな言葉たちを自分流の表現で1曲の神曲にしてしまう槇原敬之はやはり神だった、のです。
 
 
降り止むことない雨の中
自転車に乗っていた僕が転んでしまったと…
そして僕と自転車に容赦なく打ち付ける雨
 
そんな悲惨な状況の中、、、
道行く人たちは見て見ぬふりなのか素通りしていく。
 
 
目の高さで過ぎてく車輪が水しぶきをあげてく
 
 
この表現な(驚)
転んだ状況の僕の目線を上手に表現しているのですが、
車輪というのは、自動車しかり自転車しかり、、、いずれにしても地上から30cmくらいのところですよね。
転んだまま立ち上がれずに呆然とした状況をさらにこの表現が叙情的にしておりますね。
その場に倒れこんで止まっている僕と、変わらずに動きを止めない周囲との対比も素晴らしい。
 
こんな何気ないところなのですが、、、
おめさん天才だな?(新潟弁)
 
と、思わず唸ってしまう表現がたくさん隠れているのです(別に隠れてはいないのだが…●爆)
 
 
そしてそんな状況に僕自身は振り返るわけです、、、
 
 
これまでの自分は自分のことが一番先で
困っている人がいても何もしたことがなかったと。
ただ、「自分のことが一番先」になってしまうことは私は別にそれでもいいと思っております。
自分を大切にできなければ、他人に優しくできない場合は往々にしてありますからね。
でもそんな状況の中でも、他者に思いやることのできる自分であればよかった、と嘆く僕。
 
そこからのサビを読むと、、、
きっとこの曲の主人公僕は、そんな状況に置かれた際は「悲劇の主人公」のような心持ちだったんだろうなと。
だからこそ、今度同様な状況の際は他人を思いやることのできる自分に、、、と決意しておりますね。
 
自分がしてもらいたかったことを他人にしてあげる、、、
情けは人の為ならず、、、因果応報、、、まさにこの言葉がよぎります。
 
そこからの2コーラス。
この1コーラスも回想でした、時系列にいけば2コーラスよりも以前の回想が1コーラスですよね。
 
 
そして、2コーラスでは、
僕→女の子(彼女)へと変化しております。
 
1コーラスでは実際に転んでしまったのは僕自身でしたが、
2コーラスでは転んでしまった女性を見ている僕の目線で歌詞が流れます。
 
以前、転んだ時の状況をその転んでしまった女の子に当てはめて僕は手を差し伸べます。
そしたら、その彼女は「ありがとう」って笑ってくれたと。
自分があの時してもらいたかったことを今回は実際に実行した僕。
そしたら彼女が喜んでわらってくれた、という流れ。
 
僕は思います。
あの時の痛みを知っているからこそ、そんな想いをさせたくないという慈悲の気持ち。
 
でも、僕は偉そうに語っているわけでもなく
 
 
ただただ自分があの時してもらいたかったことをやっただけ
 
 
この精神こそが、後の自分へそのまんま返ってくるという、、、なんてステキな連鎖なのでしょう。
 
 
 
情けは人の為ならず
→人に親切にすることはその人のためになるだけでなく、巡り巡って自分に良い報いとして返ってくる
因果応報
→過去および前世の行為の善悪に応じて現在の幸・不幸の果報があり、現在の行為に応じて未来の果報が生ずること
 
 
 
 
先ほどからも書いているように、
この言葉たちがすごく的を射ているのかなぁ、と感じています。
「因果応報」とまでいくと少し重いようなイメージ受けちゃいますが、近からず遠からずかと…
原因と結果という概念的なものを考えると、「情けは人の為ならず」の方がより近いのかもしれませんね。
 
 
 
そうです、これらを踏まえて大サビですね。。。
 
 
 
また懲りもせずに派手に転んでしまった僕(ホントに凝りませんね●)
まさかのわざとなのか?説も浮かんできちゃいますが…苦笑
 
同様な状況で、過去ではそのまま素通りされた僕でしたが今回は違うんだと。
 
 
転んでしまった僕の上には「傘の影」そして聞こえてくるのは「Are you okay?」の言葉。
まさに僕は今、過去の自分自身の行いが巡りにめぐって返ったきたことを実感しているわけです。
しかも、この曲は最後のこの「Are you okay?」で終わるんですよ…
 
 
 
粋すぎないか???(爆
 
 
 
ずっと1コーラスからの流れがあって。
一つのショート映画のよう、、、いや違うな。
メロディやアレンジも相まって、一つのミュージカルみたいな感じですね。(大げさか?●)
 
 
 
この歌の素晴らしきところは、
1コーラスでこれまでの自分を反省し他者を思いやるという心を見つめ直した結果。
2コーラスでは自分以外の他者に対して、ほんの少しの思いやりの行動を実行した僕。
それだけでは終わらず、
最後の大サビではその行いが結果的に自分自身に良い方向として返ってきている、、、ということ。
マキハラ先生の伝えたい想いや意図がフルコーラス聴いてやっと伝わるといった神曲です。
 
最初にも書きましたが、小学校低学年の子でもすごく分かりやすい曲の仕組みになっていて。
 
 
 
それが1曲4分弱で完璧に表現され歌われているところ なのですよ。
 
 
そして決して恩着せがましくもなく、説教臭くもなく、ごく自然な流れで。
割と派手な管楽器(トランペットとかね)も使いながらのアレンジだったり…
非常にアップテンポなので、聴き入りやすいというか。
 
いや やはり天才だし、
この歌詞の流れは槇原敬之にしか書けんだろ?とも思うし。
この曲の発売前にそれぞれアルバムとシングル1枚ずつを発表してはいるけど、
本格的な活動再開という感じになったのは、この曲でだったと思うのですかどうでしょうか?
 
 
 
そして今一度思い出してくれ、、、
この曲をMステでフルコーラス歌ったんですよ(涙)
 
 
 
もうさ、この曲はフルで聴かないと本当に意味がない曲なんですよね。
1曲を通して伝わる作者の想いってさ、、、本当に大切ですし、だからこそのMステさんありがとうなのです。
 
マキハラ先生から打診したのか、
いや、しっかり曲を聴きこんでくれたであろう、Mステの偉い人(P?)がフルコーラスを決めてくれたんだと今でも思っているイタイマニアでございます。
 
 
だって思い出しても見てごらんなさいよ(誰ですか?●爆笑)
2001年当時の世間の状況をね。
ネットの普及もまだまだそれほどでもなく、情報源となるものがTVの音楽番組くらいしかなかった時代。
SNSなんてなかった時代ですよ、、、マキハラ先生は前年に復活はしてくれたけども、
以前のような大々的な活動をしているわけでもなく、動向がほとんど分からないような時代。。。
 
 
 
そんな中の、地上波Mステでの新曲をフルコーラスで、、、
もう何回も書いてるけど、、、泣くがぁぁぁーーー
 
 
 
その時の想いが強いせいなのか、この曲を聴くたびに脊髄反射のごとく泣いてしまうのだろうな。
この曲を発表した時のマキハラ先生の状況、時代背景など。
自分がしでかしたことへの罪滅ぼし、と言ってしまうとまたそれも違うのかもしれないですが。
 
 
自分自身の行いが、未来の果報を左右するのであるならば、
今自分に出来る精一杯のことをやるしかない、との想いも強かったのではないかな?とも感じるのです。
割と曲自体は、一見単純な流れにも見えて実はより複雑な当時のマキハラ先生の想いも見えてくるのかもしれませんね。
 
 
 
非マキハラ派の人々に勘違いしてほしくないのは
良いことをしなければならない、こうあるべき!
ということを槇原敬之は言いたいのではなくてさ、あくまで
 
 
 
自分がどうしてほしいと嬉しいのか、
自分だったらこうはしないかな、と少し今の自分自身の考えを見つめ直すということなんよね。
それは決して強要ではなくあくまで自然に、、、自分のことも大切にしてもらいながら
 
ほんの少し周囲に目を向けられるような心の余裕が持てたらいいですね、ということなのかな?とも思います。
まぁ、これは私一個人的な想いなので、マキハラ先生の真意の程は分からんですが、近からずとも遠からずだと思いたい。
 
 
 
こ~んな明るい一曲なのに、すごく色々なことを考えさせられる神曲ですね(涙)
 
 
 
そしてこの曲は、過去のライブで結構歌われているイメージがあるのですが、
直近の昨年のとれじゃりーなでもメドレーに入っておりましたよね。
 
 
私が好きなのが、2015年のセレブレーションの「Are You OK?」です。
「槇原敬之のこの映像のここを観てくれ」というトンチキカテゴリがこのブログには存在するのですが。
私は過去にこの「Are You OK?」を書いた記憶があったのですが、そのカテゴリには記事は無く…?
 
あれ?でも絶対書いたはず!と思い検索したら、やはり書いておりました(苦笑)
読むのは自己責任でお願いいたします(爆)ダイジョウブ、コワクナイヨ~
 
この記事に、2015年セレブレの「Are You OK?」のマキハラ先生がいかにカッコいいかが書かれております。
ただ、カテゴリ分類していないのでだいぶライトに書いております、はい。
お時間あればぜひ読んでいただきセレブレ2015を確認していただければなぁ、という気持ちです。爆
 
 
 
 
あくまで自己責任だぜ(大事な事なので二度言います●爆)
 
 
 
 
 
「Are You OK?」と気軽に言えるような自分、
そして何かあったときに手を差し伸べてもらえるような自分にならねば、、、と改めて感じる神曲です。
 
Are You OK?

Are You OK?

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#188 カイト

体質改善中(?)、のたんぽぽ毛です。
 
今年のブログ活動は順調なのではナイカ?
と、自画自賛しておきます。
ただ、これが後半まで継続できれば文句ナシなんですけどもね…
 
年明け3ヵ月(年度末まで)は暗黒期と自分で呼んでおり鼓舞しております。
あぁ、お金が空から降ってこないかしら…なんてトンデモ思考にもなったりする今日この頃。
 
ところで、突然ですが私のYouTube御贔屓チャンネル「タイムマシーン3号 公式チャンネル」、、、
毎週火曜と金曜の2回の更新があるのですが、
私はそれを糧に日々踏ん張っております(…え?マキハラ先生ではないのデスカ?●)
そしてそのタイマさんのYouTubeのイベントが4月に初めて開催されると…(キラキラ)
 
 
い、行きたいっ、、、
 
 
ただ、4月8日の水曜日ということで…断念です。
なぜなら前日は娘の中学校の入学式で一日お休みをいただいているのであります。
 
…え?二日連続で休み取っちゃえばいいじゃん?って言ってます??(聞こえました)
分かりました、もう少し考えてみますね。
 
 
 
ということで(?)、2月になりましたね。
2月は一年のうちで雪国は一番厳しい時期になりますゆえ…
今月も慎ましく日々を過ごしていくのみです、、、来たる春に向けて。
 
書ける気力がある時に書いておこうがモットー(ウソだろ●爆)のたんぽぽ毛です。
いつも季節感とかてんでバラバラな選曲ですが、本日は割とピッタリでございます。。。
槇原敬之氏冬の名曲集、、、
 
 
 
 
『カイト』
 作詞作曲編曲:槇原敬之
 
2007年11月7日に発売されました15枚目のアルバム「悲しみなんて何の役にも立たないと思っていた」に収録。
この長いタイトル名には当時のマキハラ先生の想いがたくさんたくさん詰まっているのです。
なので、アルバムタイトルを聴くだけでも目から熱いものが溢れてくるマニア様も多いはずです。
このアルバムからは結構これまでも選曲しておりますので詳細はそちらをご覧くださいませ(セコイ)
 
ちなみに、「カイト」は洋凧を意味する単語となっております。
確かに、この曲のタイトルが和名の「やっこ凧」だったらちょっと我々聴き手の感情は変わってきますからね。
 
歌詞中にも登場しますが、場面設定は年明けすぐ(一月初め)の頃です。
高く上がっていくカイトを相変わらずの天才的な比喩表現で紡いでいきます。
 
今回も神曲よっ!!
本日で188曲目ですけどまだまだ神曲残っとるんか???って怒り心頭です。
そうだ、槇原敬之氏は神曲しか作れない人だったわ、、、って。
うっかり忘れがちになってしまう自分が悪いのに責任転嫁ですね、申し訳ありません●
 
 
さて…いつものように歌詞を引用させていただきますや、、、
 
 
 
 
キャップの上からフードかぶり ポケットに手を入れ立ちすくむ
君の姿はまるで氷山に取り残されたペンギン
お台場 浜辺のカフェの椅子が 強い海風に動かされる
それからもまるで目を そらすように君は空を見上げる
 
一月初めめずらしく 凧揚げをする子供たち
深呼吸しながら腕のばす 君の袖がはためくよ
 
向かい風をうけながら 高くあがって行くカイト
追い風が吹かないことを どうか嘆かないで
君がもしも違う方へ 飛んでしまわぬように
いつでも僕は君の糸を もっているから
 
 
 
 
 
ゆりかもめがえさを求め 浜辺の際まで飛んでくる
人間だって同じさ いいときに人は群がってくるよ
だけど僕はどんなときも 君のそばにいるからね
あのとき僕を信じてそばに いてくれた君を同じように
 
年明けすぐの青空は 冷たい風が吹くけれど 
太陽に照らされた世界は 始まりに胸膨らませてる
 
向かい風をうけながら 高くあがって行くカイト
追い風が吹かないことを どうか嘆かないで
僕がもしも違う方へ 飛んでしまいそうなときは
僕の糸をどうか君も 強く引いておくれ
 
 
 
 
向かい風をうけながら 高くあがって行くカイト
追い風が吹かないことを どうか嘆かないで
君がもしも違う方へ 飛んでしまわぬように
 
いつでも僕は君の糸を もっているから
いつでも僕は君の糸を もっているから 
 
 
 
 
 
さて…この天才の所業をどこから説明していこうかしらね(おめぇは一体何様なのだ?●)
そのような時は最初からいきましょうね…
 
 
1コーラスAメロ!!ここ!!
天才槇原敬之の才能が垂れ流れ状態なので、何かで掬ってあげないとどんどん波及していきますよ(いいですよ^^)
 
 
キャップの上からフードかぶり ポケットに手を入れ立ちすくむ
君の姿はまるで氷山に取り残されたペンギン
お台場 浜辺のカフェの椅子が 強い海風に動かされる
それからもまるで目を そらすように君は空を見上げる
 
 
 
え?、、、天才なの?(知ってる)
 
 
キャップがあるのに、そこからさらにフードをかぶり、そしてポケットに手を入れ "立ちすくむ” 君
風が強いから、という理由も一つ考えられるのですが、最後の「立ちすくむ」がポイントですよね…
 
 
【立ちすくむ】
恐怖、驚き、あるいは戸惑いによってその場から動けなくなる状態。
心理的/精神的なショックが身体的な停止として現れている様。
 
以上、日本国語大辞典より引用させていただいております。。。
 
 
そうなんです、、、
この曲の中の君の状態は ひどく落ち込んでいる ので、いわば負の状態なのです。
それをどのくらいの距離なのか、後方から見守ってる僕、という場面設定ですよね。
そしてそんな君の姿を「氷山に取り残されたペンギン」と例える僕。
取り残されたペンギン、という群れから逸れてしまった淋しさと不安と、そして若干のユーモア!
 
この表現力が、秀逸すぎるよな?って、聴くたび思います。
しかも、この歌始まりの君の状況はややマイナス方向なんですけど、
この曲の始まりがめっちゃキラキラしてるのよ(ピアノのグリッサンド的な音が聴こえる)、、、これは壮大な伏線よなぁ。
 
そんな落ち込んだ君をお台場まで連れてきたのは果たして君の意志なのか、僕なのか…
 
海風が強すぎて、カフェの椅子が動くレベル、、、ってよほどですよ?
でも君はそんな状況も気にしない、、、
 
気にしないというのか、目に入っていないのか、それとも強い君の意志が異なる方向へ向いているのか…?
敢えて見ないようにしているのか、自分の想いはそこではないとでも言っているかのように。
そしてそんな状況の中空を見上げる君、、、という流れです。ここまでがAメロですね。
 
 
この1コーラスAメロでは、
何かの壁にぶち当たっているであろう君のことを(きっと)優しく見守る僕、、、の構図。
そんな二人がお台場まで(たぶん)気分転換でやってきた、という状況。
 
このたった数行の歌詞ですが、何となく二人の関係性とか情景描写などが天才過ぎて、、、ホントになぁ。
そこからのBメロ。
空を見上げた君、、、からの流れ
 
 
一月初めめずらしく 凧揚げをする子供たち
深呼吸しながら腕のばす 君の袖がはためくよ
 
 
これ、すごくないですか?
Bメロに移った時点で初めて「凧揚げをする子供たち」の描写。
というか、1月初めの凧揚げは特に珍しくないと思うのですがね…
最近の若者はそれほど凧揚げをしないのかもしれませんが、こちらの凧揚げのタコはやっこ凧ではなくて
きっとハイカラな形をしたスタイリッシュな凧でしょうにね…お台場付近では珍しい光景なのかもしれませんね。
 
しかも、2007年の頃のお台場ですので、今のお台場とも異なるかと思います。
そんな子供たちをきっと君は見つめながら大きく深呼吸をする、、、そして腕を伸ばす
 
そんな君の空高く突き上げた腕の袖がはためく、、、この表現力よ、怖くない???
 
 
そこからのサビです。
 
子どもたちの揚げているカイトと、
そして比喩的にカイトを君に例えて言葉が紡がれていきます。
 
 
向かい風をうけながら 高くあがって行くカイト
追い風が吹かないことを どうか嘆かないで
君がもしも違う方へ 飛んでしまわぬように
いつでも僕は君の糸を もっているから
 
 
高くあがっているカイトの情景を表現しながらも、
 
カイト=君
 
を比喩しており、今は向かい風(困難や苦境)の状況である君
でも、それでも負けずにどんどん高くあがって行く(それでもその状況に立ち向かっている)君
追い風(好転や良いチャンスなど)が吹かないことを、嘆いて悲しまないでほしい
 
そんな君のことを僕はずっと見守っていこうと覚悟を決めている僕
 
「君の糸をもっているから」
 
やっばいな、この表現力。
これは決して、
「僕が君のたずなを引いて、操っている」という意味ではなくて、、
正しくあろうとする方向から逸れないように、僕が優しく見守っているから安心してください、の意。
 
 
はぁ~~~~っ!!(特大ため息)
 
 
最高だな?!
槇原敬之の比喩表現の歌詞が最高すぎるな…
 
苦境に立たされている君をきっと僕は はがゆいとも思いながらそばにいるはず。
でも、そこで強くアドバイスをするわけでもなく、
自分自身の足で、力で立ち向かってほしいと願っているからこそのこの表現に思わず唸るよね。
 
それをさぁ、カイト(凧)に例えるなんてな…
 
 
 
天才すぎるんだが?(いつものやつ…●爆)
 
 
 
情景描写がものすごいので私は勝手にこちらの曲は実体験だと思っています。。。
そして注目はこの1コーラスのBメロの「君の袖がはためくよ」の表現です。
旗のような布がヒラヒラとはためく際にこの動詞を使用するかと思いますが、
こちらの表現で、、、
 
 
 
落ち込んでいた君の気持ちが上向きになってきていることが分かる
 
 
 
これなんですよね。
「はためく」という言葉は私はプラスの表現だと思っておりまして。
なので、君の袖がはためいている、、、君の気持ちも上向きなんだろうな、ってイメージできるんですね。
それはもちろん僕も分かっていて、ましてや二人でこんなに風の強い日に出かけている。
もちろん気分転嫁の意味合いもあったかもしれませんが、落ち込んで苦境に立たされている君ではあるけど、
少しずつ変化が見えてきているというところでの本日の外出だったのではないのかな?なんて思うわけです。
 
旗(フラッグ)がはためく 時って現在進行形で何かが進んでいるようなイメージがあるんです私は。
 
でもそれが例え逆境の中の強い風だったとしても、止まっているわけではなく動きのあるもの。
立ちすくんでいた君が静だとすると、この袖がはためいているのは動へと変化している気がして…
 
そういう細かい表現に、歌の登場人物たちの心情も一緒に詰め込んでくるのが本当にしんどいのよ(もっとください●)
 
 
 
 
 
ここまで大興奮で書いておりますが、まだまだ1コーラスなんです。
そして希望の2コーラスへ、、、(はぁぁぁ~、2コーラスも好きぃ)
 
 
 
ゆりかもめがえさを求め 浜辺の際まで飛んでくる
人間だって同じさ いいときに人は群がってくるよ
だけど僕はどんなときも 君のそばにいるからね
あのとき僕を信じてそばに いてくれた君を同じように
 
 
 
ちょうど先日、地元信濃川の河川敷を歩いていたんですが、
ゆりかもめではなくウミネコがたくさんおりました。
どうやらゆりかもめも新潟にたくさん飛来するらしいのですが。
今度はもう少しカモメ類に注目して散策しようと思います、、、
 
ウミネコは猫の鳴き声みたいに鳴くのとクチバシが黄色らしいです。
ゆりかもめはウミネコより少し小型で赤いクチバシのようです、そして渡り鳥なので冬の鳥らしいです。
確かに、ウミネコは年中通しているもんな(海の近くにめっちゃおるよ)
 
ちょっと逸れてしまいましたが、、、(苦笑
そんな鳥の知識まで詳しくなってしまうマキハラマジック、マジありがとう…
ゆりかもめが渡り鳥だったなんて知らんかったよ。
 
ちなみに、調べた時にちょっとおもしろかったのは
ウミネコは目つきが鋭く、ゆりかもめは優しげ だそうです。どんな鑑別なんだ…笑
 
 
話を戻しまして…
1コーラスでわずかに希望の流れへと変化してきておりますが…
 
エサを求めてやってくる鳥たちに対して、
人間だって「いい時にだけ近寄ってくる人がいる」というように少しチクリと紡がれる言葉たち。
特にマキハラ先生はそのような上下が激しい経験をこれまでたくさんしてきただろうから、その点は良く分かっているのでしょうし。
 
 
いい時だけ寄ってくる人ではなくて、自分の状態が悪い時に心を寄せてくれたり力になってくれる人になりたい…
 
 
だって、まさに僕がそのような状況の時に君はそばにいてくれた人だから…
という絶対的な信頼を君に寄せているのが分かりますよね。
だからこそ力になりたいと思っているのだと思うし、でも自分の力で立ち上がってほしいとも思っているはず。
そのあたりの塩梅って本当に難しい。
長く関係を続ければ続けるほどに、相手のことを慎重に見る必要はありますよね。
 
 
きっと君はここでは口出ししてもらいたいのではなく、見守って側にいてほしいはず
 
 
と、僕は後ろから君のことを眺めているのだろうなぁ、って。
そしてその気持ちの変化も1コーラスで徐々にあったことも気付いていて…
そこからの、、、2コーラスBメロ
 
 
 
年明けすぐの青空は 冷たい風が吹くけれど 
太陽に照らされた世界は 始まりに胸膨らませてる
 
 
1コーラスでは1月初めに珍しく凧揚げをする子どもたち、、、
こちら地方では1月頃の青空はかなり珍しく貴重なのですが、場所は大都会東京のお台場ですよ。
そんなに珍しくはないのかもしれないけども、今日は青空が広がっている、、、
 
 
マキハラ先生って、人間の心の機微を花鳥風月的な表現で言葉を紡ぐのが超絶お得意ですよね。
 
 
例えば、曇り空を眺めながら自身の心のざわつきを表現したり、、、
遠くに明けてくる朝焼けに今後の生き方や想いを投影したり、、、
 
 
はっ!そうだった!
槇原敬之は天才だった、私ったらまた忘れてしまったよ、すみません●
 
 
なので、この部分も太陽に照らされた澄んだ(たぶん)青空に君の気持ちや今後の行く末を投影している。
風は強くてまだまだ厳しい日々は続くのかもしれないし、これからも困難続きなのかもしれない。
でも落ち込んだままの心では前に進めないことは分かっているから、何とか気持ちだけも上向きにと願っている。
 
ただ恐らく君もそんな優しい僕の気持ちに気付いているのかもしれませんし、
実際に気持ちは上向きなのかもしれないし、あくまでこの曲は僕目線ではあるので、
こじつけ的な感じと捉える人もいるかもしれませんが、、、
 
お天気の良い冬の一日、
ここからがスタートではないですけど、思い悩んだ日々があって今の自分がいるということ。
それは決して無駄ではなかったのだと、そしてそこからまた新しい日々が始まる、
その始まりに 胸膨らませてる、、、ですよ?
 
 
はぁ~~~~、勘弁してくれや。
もしかしたら、イントロのキラキラグリッサンドから分かるように、
実は最初から希望に満ち溢れた曲なのではないか?とさえ思いますし、全てが伏線となっているのかもしれない。
 
そして2コーラスサビは1コーラスと少し変化します。
 
 
向かい風をうけながら 高くあがって行くカイト
追い風が吹かないことを どうか嘆かないで
僕がもしも違う方へ 飛んでしまいそうなときは
僕の糸をどうか君も 強く引いておくれ
 
 
1コーラスでは
君がもし違う方へ飛んでしまわないように僕が君の糸をもっていました。
2コーラスでは今度立場が逆転しております。
 
そんな僕のこともちゃんと見ていてほしい。
僕の糸は君がちゃんともっていて、違う方へ行ってしまいそうな時は強く引いてください、という流れ。
 
 
この2段活用大好物だぜ、、、
 
 
THE槇原敬之 ですよねぇ(涙)
 
 
僕も完璧ではないし、君もそう。
いい時もわれば悪い時もあって、それをお互い助け合いながら一緒に生きていく二人の姿が見える。
 
 
あぁ、なんて希望とノロケに満ち溢れた神曲なんだ(涙)
 
 
最後大サビで1コーラスサビが繰り返され、ラストのフレーズが2度、、、
 
いつでも僕は君の糸を もっているから
 
僕は何があってもそばにいるよ、心配しないでの想いでこの曲は終わります。
 
 
先ほども書きましたが、
決して束縛しているとか君のことを操っているだとかそういうことではなくて。
物理的に支えているということもあるかもしれませんが、精神的に支えている感が強いですよね。
 
前回の「BLIND」の際に「身を引く男の美学」なんて書いた記憶がありますが、
本日は「精神的支柱になり見守る男の美学」のような気もしますし、
マキハラ先生の曲中にはめちゃくちゃ高頻度で登場しますよね。
 
皆まで言わず、まして直接手を出して助けるというよりは心に寄り添って相手に尽くすという感じ。
実は簡単そうで一番難しいことなのではないか?などとも思いますしね。
だって目に見えないもんねぇ。
いやだって目に見えないことだからこそ、どうにでも言えたりするかもしれませんが、
結局そういう心持ちや、心情の時って行動に現れたりするもんなんですよね、うん。
 
 
そのように君を大切に想う僕、がこの曲でも描かれていたわけなんですが、、、
でもやはりこの曲のすごいところは、カイトという実際の凧揚げをしていた子どもたちになぞらえ、
君の落ち込んだ気持ちとそこから、光を取り戻す過程が直接的ではなく比喩的に表現されているところなんですよね。
 
 
あいかわらず 天才 なのでもう、何も言えないのですが…
このブログ内ではたぶん「天才」は高頻度後に分類されるかと思いますが、それでも使わせてくれ。
 
メロディもアップテンポというのがまたいいのかもしれませんしね。
あと何度も言うようですが曲始まりのあのキラキラ、、、あれでこの曲が決まったようなものだと思ってるけど。
 
 
 
というわけで、厳しい日々が続きますが必ずや希望の春はやってくるのだと自分を慰めまた精進いたします。
 
世間的には嵐さんの「カイト」が有名かもしれませんが、、、
マキハラ先生の「カイト」、、、神曲です、非マキハラ派の人々もぜひとも聴いてください!!
 
 
 
カイト

カイト

  • provided courtesy of iTunes

 

#187 BLIND

わーーー!
雪がすごいぞ!!
 
ただ、今年に入り新潟県内は寒波予報が来ても、
山間部が大変なだけで私の生息する新潟市は「佐渡ブロック」のおかげでそれほどでもなかったのです。
この度の最長寒波に関しても前半戦は「逆に雪が降らなさ過ぎて申し訳ない」くらいだったんですが、
やっとこさ新潟市にも遅れて寒波がやってきております。
 
昨日だけで40~50㎝近くの積雪がありました。
雪かきをエクササイズに見立てて楽しみながら過ごしております(そうしないとやってらんねーのよね●)
そんな大雪の日に限って土曜日は午前中からPTAの集まりがあり…(涙)
まぁ、無難に…えぇ、それはそれは無難にやり過ごしてきましたよ。苦笑
 
 
ただ、これだけ降ると諦め?もつくのか、自宅にてお籠り時間でございます。
今年はできるだけ曲紹介をしたいなどと考えておるわけですので、本日もいきたいと思います!!
槇原敬之のこの曲を聴いてくれ!そうだ!!頼むから聴いてくれよぉー!!!
 
 
 
『BLIND』
 作詞作曲編曲:槇原敬之
 
 
初出は1998年7月23日に発売された20枚目のシングル「HAPPY DANCE」のカップリング曲です。
そしてその翌年1999年7月7日に発売された9枚目のアルバム「Cicada」にも収録されております。
 
さらに、前回のSLPコンプリートに続きまして、
このカテゴリ内やっとこさ3枚目のアルバムコンプリートでございます(こちらの情報はマジでいらんヤツ●)
1stアルバム→宇宙一大好きなSLPに続きこの「Cicada」がコンプリートということに自分なりに納得です。
 
たんぽぽ毛さん、、、
あんたどんだけ90年代後半の槇原敬之好きなのさ???
 
あぁ、そうですよ、あたしゃ90年代槇原敬之、とりわけ90年代後半槇原敬之をこよなく愛しているからな。
あ、でも別に2000年以降の槇原敬之に興味ないとかそんなことは言っておりませんゆえ●
熱量が違うということなのだろうな、なんて思います。
自分自身の年齢とかにも大きく影響しているかと思います。
学生時代、時間はたんまりありましたからね…
生活の中での槇原敬之に占められている時間が無限にあるのか?と錯覚するくらい…
 
はい、私のことはマジでどっちでもいいのです。
本日は「BLIND」です!
こちらの曲、好きなマニア様多いですよねぇ~
 
 
 
槇原敬之に切ない失恋や別れの曲を歌わせたら銀河一
 
 
 
確か、このような格言があったかと思いますけど…
ちなみに、初出シングルとなった「HAPPY DANCE」に関しても別れの曲ですからね…
シングル曲Wで切なソングかよ、って…大好物だぜ ウシシ(←誰?爆)
 
 
というわけで、毎回英語タイトル曲恒例の”念のため意味を調べてみよう!”のコーナーです。
 
 
【BLIND】(英語)
盲目的、目の見えない、覆い隠す、インテリア用の「目隠しをするための覆い」の意。
またスラング的には「泥酔した」「完全に酔っぱらった」「盲目的な」「夢中になって周りが見えていない」状態を指すこともあるよう
 
 
さぁ!皆様、思った通りの意味だったでしょうか?
ワタクシがこの曲に出会ったのが10代後半でしたが、
その頃は本気で「窓のブラインド」のことだと思っておりましたよ。
あ、はい若気の至りです、やはり辞書にてしっかり意味を取ることの必要性を感じますね●
ただ、窓のブラインドでも不正解ではないので難しいところではあるのと、
あいかわらずの槇原敬之氏の言葉選びのセンスに脱帽なのでございます。
ということで、そんな神曲「BLIND」の歌詞を引用させていただきます。
 
 
 
どうしてだろう 言葉が何も君に届かない
君の言葉も わざと僕をはずしたように肩の辺に落ちて
キスをしてても なぜか 君の唇じゃないみたいで
確かめるように 何度もしたけど 今思うと悪かったね
 
僕の一番聞きたくないと思う言葉で君が
楽になったり幸せになれるなら 
簡単に言えるよ よく聞いてて
 
さよなら さよなら 僕という目かくしをはずしてあげるよ
さよなら さよなら この魔法をとくよ その人だけ見えるように
 
 
 
 
初めてあった時から 君を好きになった
今でもちゃんと 覚えてるよ 君がどんな服を着てたかも
遊び疲れて 仲間で僕の部屋で雑魚寝した朝に
寝てると思ってキスをくれた君を 知らないことにしてるよ
 
臆病で嫌われたくなくて 内緒にしてた気持ちも
二人並んだ写真が多いから はめられてたんだよ かっこわるいね
 
さよなら さよなら そばにいれるだけで
幸せだったあの頃の僕には もうもどれない
初めて君を抱いた 僕はよくばりになったんだ
 
 
 
さよなら さよなら 僕という目かくしをはずしてあげるよ
さよなら さよなら この魔法をとくよ その人だけ見えるように
 
 
 
 
ああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー神かっ!!
 
 
 
ふぅ…さて、どこから書いていこうかね。
 
こちらのブログを読んでくださっている方々はもちろんマキハラマニア様しかいないと思っておりますが…
たまーに、ほんのたまーに運悪くこちらに行き着いてしまった人がいるかもしれませんよね…
そもそも、この「槇原敬之のこの曲を聴いてくれ」に関しては、
元々非マキハラ派の人々の目に少しでも留まってほしい、という大変おこがましい思いで始めたものです。
 
そう!そんな非マキハラ派の人々へ…
 
 
 
この歌詞の天才みがお分かりいただけておりますか???
 
 
 
はい、そこらへんにいる いちマキハラ派のワタクシが叫んでおりますよ。
ちょっと字体を大きくしながら訴えておりますが…苦笑
 
 
こちらの「BLIND」なのですが、、、
凡人であるワタクシが要約すると
 
何だか最近彼女と心が通い合っていない気がしてる…
あぁ、きっと他に好きな人が出来たんだな、そうかそうか僕から別れを切り出してあげよう…
 
↑↑↑
こんな感じに要約されますよね?
これ以上でも以下でもない気がするんですよね、凡人だとね…
 
 
それがですね、天才槇原敬之にかかると…なんと叙情的に趣のある表現になることか…
これまでも別れや失恋がテーマになっているマキハラ先生の曲はたくさん生み出されておりますよね。
 
 
そうです、何一つとして同じものはないのです…
 
 
別れや失恋、、、
たったこれだけのテーマですがマキハラ先生の手にかかるとそれが無限に広がるのです。
 
 
哀しい
切ない
悔しい
恋しい
後悔
 
 
これら、文字にするとたった一つの単語になってしまいますが、
その中に含まれた想いというのは、人間100人いればきっと100通りの想いがあるはずです。
 
他人の気持ちはその人にしか分からないというのは世の常です。
ただ、そんなたくさんの無数に浮遊している想いを槇原敬之はいとも簡単に表現してしまうのです。
(まぁ、恐らく生み出す過程という点では簡単ではないということは百も承知ですが…)
 
 
 
まずね、、、
冒頭にも書きましたこの曲タイトル「BLIND」
 
こちらを今一度振り返ってみたいと思います。
 
1コーラスと大サビの部分
 
 
さよなら さよなら
僕という目かくしをはずしてあげるよ
 
 
 
・・・。
 
 
 
マジでさぁ…(怒)
何なのこの天才がっ!!
あまりの天才みに思わず怒りの感情です。
 
 
曲タイトルはこのサビ部分の歌詞に直接的には集約されているような気がします。
 
 
「僕というめかくし」を…はずす だと…?
なんじゃこの表現はぁぁぁぁぁぁぁ~?(怒)
 
申し訳ありません、あまりにその才能を直に浴びてしまっているため怒りの感情しか出ません●
 
 
そこからの…
 
この魔法をとくよ その人だけ見えるように
 
 
自分がいることで、君が苦しい思いをしている、という前提の元にこの曲は進んでいるのですが…
あまりにも、この曲の主人公は優しすぎる…
優しすぎて、君に対しても何も言えなくなってしまっていたのかもしれませんね。
そしてそんな本音や正直な思いで関わってくれない僕に嫌気を差してしまったのかもしれない…
 
こういう状況になったのは僕にも少し責任があるのかもしれませんが…
 
 
ただ!きっと最初に心変わりをしたのは「君」の方なんですよね?
 
 
それに対して、
僕がいなければ君はあの人の元へいけるのに、、、みたいな若干の悲劇のヒーローみたいになっている。
だから、自分から身を引いてあげよう…という流れだと思うのです。
 
 
何というか、スッキリしない感あるんですけども、
このサビ部分の歌詞があまりに天才すぎて、それを忘れてしまうのがこの曲のヤバいところです(褒めているのですよ●)
 
この「自分から身を引く」という行為、、、
自分から終わりを告げることで、君を楽にさせてあげたい。
これまでのマキハラ先生の神曲たちにもたくさん登場してくる割とマキハラ流王道パターンの1つかと思われます。
 
マキハラ先生は、90年代くくりのツアーを開催した時にも話しておりました
 
ネチネチ系の曲たち
 
自分から身を引く行為という、一見「物わかりの良い僕」風に見せかけておいて、
でも実際は、そんなことはないんだろうな、とも聴き手に思わせる歌詞運びになりますよね。
言い方は語弊があるのですが「最後までイイ人ぶっている僕」という構図にも見えてしまうのです。
 
これからの君の幸せを願っている、、、だから僕は身を引くよ…という流れ。
そこに至る二人の歴史なんかは、私なんぞが今とやかく言える状況ではないのですが…
結局「僕も君に対してそんな想いだったのか」と思われてもしょうがないというか。
 
めちゃくちゃ辛辣なこと書いていますが、これはあくまでワタクシ個人の想いなのでもう少し我慢してくださいませ。
 
特に90年代のマキハラ先生の曲に登場する「僕」は、物わかりが良すぎる人物が多すぎる気がしませんか?
この曲が入っているシングル「HAPPY DANCE」しかり…
 
 
もっとドロドロに自分の想いをぶつけてしまってもいいのではないか?
 
 
などと思ってしまいますが、それは私の性格が極悪なのでは…?という意味も含んでいそうで怖いです●
思えば、「HAPPY DANCE」も「BLIND」いずれも別れの曲なんですけど、全然修羅場ってないんですよね…
 
 

身を引く男の美学 的な感じ

 
 
これは、私が女性目線だからなのか、
男性がこの曲を聴くとまた違った目線にもなるのだろうか…?
 
 
 
だってさ、心変わりしたのは君なんでしょ?(たぶんね)
それなのに、引き際こんなに優しくしかもこれからも君の幸せを祈ってる的な流れ…
 
 
 
 
甘やかしすぎだろ…?
 
 
 
 
うわー、今回賛否両論ありそうな記事を書いている自覚があります。
 
 
まぁ、曲を聴く時にそこまでの状況をいちいち考えない人の方が多いような気もします。
この「BLIND」の歌詞やメロディ、そしてアレンジが天才的で大好きだというマニア様も多いのは知っております。
これはまさに「THE END OF THE WORLD」以来かもしらん、、、あの時もめたくそ書いたからな●爆
 
 
あぁ、でもだからこそこの特にサビ部分の天才的な歌詞が響いてくるのかもしれません。
 
 
もう一回書きますよ、、、
 
 
さよなら さよなら 
僕という目かくしをはずしてあげるよ
さよなら さよなら 
この魔法をとくよ その人だけ見えるように
 
 
 
はぁ~
…ため息つくほど天才すぎるな。
 
「BLIND」の意味が
「見えないように覆い隠す」であり、それを「目かくし」と表現して…
それをそっと外してあげることで、僕から君を解放してあげるという、ほんのちょっと僕が悪者になっていますよね?
そこから…今までのこの二人の関係が「魔法にかかっていただけ」という表現で、
他に好きな人を作ってしまった「君」に、”悪いのは君じゃない 僕なんだ”っていう優しさを見せている…
 
 
 
 
甘やかしすぎだろ!!(本日2回目●)
 
 
 
マキハラ先生の天才的な表現に忘れそうになる、、、
僕は優しすぎるんや、、、そして90年代の槇原敬之はそんなんばっかりや~(泣)
 
 
だからさ、、、
私はそこが本当に大好物なんだよな
 
 
そうよ、散々ここまで書いてきましたけどね、大好きだぜ「BLIND」くそーーー!好きだーーー!
 
 
 
恋愛というのは、相手を思いやる心がとても大切だし、
一度好きになった相手にはその後も幸せになってもらいたいと願う。
それが自分の力ではなく他の人の元へ行ってしまったあとでもなおの事…
 
好き合っていた頃の二人の関係性がその後も物語っているような気がします。
自分のことよりもまずは相手のこと。
一度好きになった相手であれば、自分の想いより優先するべきは君のこと…
 
 
なんと・・・なんという慎ましい愛なのだろうか。
マキハラ先生の曲にはこれまでもありました、
 
 
相手にさよならを告げさせることで、心を痛めてほしくない
それだったら、自分自身がその役を務めて相手の心の負担を少しでも軽くしたいという想い。
時には厳しくも必要だとは思うのですが、マキハラ先生の神曲に登場する僕は往々にしてこのパターンが多いのも事実。
 
 
そうなってくると、作者であるマキハラ先生の思考がもはやこのパターンなのかもしれないな?
などと、ちょっと逸れてしまいますが考えてしまうこともあります。
作者本人の人間性と生み出される作品は別物である、とは分かってはいてもねあまりに多いのでね。
 
 
 
そしてここで気付きました。
まだサビにしか触れていないことを…●爆
 
 
いや、でもこの曲はこれで終わってもいいのかもしれないぞ、という思いもあったりする。
 
 
 
ということで、1コーラスからいきますね(仕切り直した???爆)
 
Aメロの
 
君の言葉も わざと僕を
はずしたように肩の辺りに落ちて
 
 
いや、この表現さ(怒)
今日は天才槇原敬之の前に怒りの感情しかでてこないぞ、一体どうなってんだー!●
 
付き合っている状態の二人だと思うのですよ。
それがさ、かなり冷め切ってしまったということを表現している。
ただ、僕にはまだ想いがあるからそれが切なさを助長していますよね。
 
自分の言葉が相手に届いていない、という状況
 
恋愛の場面に限らず、色々な場面でそう感じることはありますよね。
そしてさ、そういう時ってさ本当に分かるんですよね、それがまた悲しいのよ。
こっち側としては自分の想いが素通りされてるみたいで、応答はあるけどただの音声みたいな感じ。
「あ…さてはコイツ聞いてねぇな?」なんて思うことはあってもさ、
それをいちいち問いただすようなことはしないし、その場をやり過ごしてしまう。
それが付き合っている恋人同士の関係だったなら本当に切ないよな、って思います。
そして、それに対する返答が「わざと僕をはずしたように」って…
 
 
何だよこの表現
 
 
鬼か?!(え…●)いや、天才だな
その後のキスのくだりにおいても、、、
 
 
 
 
 
心が通い合っていない・・・
 
 
 
 
 
という状況を、ここまで情緒的に表現できるものか…?
と、本当に本当に心底驚いてしまうほどの、天才ぶりだと思っています。
 
僕の優しさあってのものだし、君への想いが残っているという状況なんだろうなぁ、って
「だらん」を改めて聴くとそう思えますよね、、、あの神曲はお互い辛辣だったというか何というか…
 
 
僕は別れたくはないんですよね、でも自ら身を引いてあげる…
それに対しての、
 
「僕という目かくし」=BLIND
 
なんだよなぁ、ってしつこいですけど改めてさ…天才すぎんか?
 
 
 
そして2コーラスです。
マキハラ先生お得意の回想ターンでございます。
 
 
初めて出会った時のことも
恐らくまだお付き合いには至っていない時期の君からの内緒のキスも
僕はずっとずっと覚えているんですよね?切ないほどに…
まぁ、でもここの2コーラスAメロ歌詞は改めて読み返すと非常にネチネチが止まりませんな。
 
二人並んだ写真が多いというのは、周囲が色々とお膳立てをしてくれて…
 
ということだと私は受け取っているのですが、
このあたりの解釈は割と分かれる傾向にあるんでしょうかね?
臆病な自分の気持ちを隠していたつもりでも、周囲には気付かれていて…
「はめられていた」という表現がやや鋭いですが、しっかり自分の想いを告げる勇気がなかった頃の僕
 
という意味も含んでいるのかな?とかも思ったりしてます。
そんな時期も経て、そして今…
周囲がお膳立てをしてくれた過去があって、それを振り返って自分のことを「かっこわるい」と思っている僕。
 
だから、最後くらいは自分から…という流れにも取れるような気もしますしね。
この部分の歌詞がどこにかかっているかによっても解釈が変わりそうな気もするんですよね。
 
 
そして2コーラスサビ。
 
初めて君を抱いた 僕はよくばりになったんだ
 
 
キャー!って思わずドキドキしてしまう(初心なのか???ワシは…●)歌詞ですが、
まだお付き合いする前「一緒に居られる時間幸せ」と思っていたけど、
そのような情事があってからは、僕には独占欲が生まれた、という流れなんですよね…
そしてお付き合いすることになった、、、という時系列ナノカナ?と…
なので、この2コーラスはまるっと回想ターンなのだろうな、と思っております。
 
そこからの再度の大サビでの繰り返し、、、そしてこの曲は終わります。
 
 
 
 
はぁ~!!しんどいっ!!(情緒がぁぁぁぁ)
 
 
 
 
ちなみに冒頭で書いた「BLIND」の意味についてスラング的な意味で
「夢中になって周りが見えていない」があったかと思いますが、
2コーラスをまるまると表現しているような気もしますよね。。。
 
「見えないように覆い隠す」という本来のBLINDの意味と、
「恋は盲目」的なスラングを使ってもこの曲は表現できるのかな、と考えると
 
 
 
槇原敬之とんでもないな?(結局これが言いたい●)
 
 
 
って、改めて思ってしまう神曲なのであります…
 
 
 
途中、若干悪態ついておりましたが、
大好きな神曲の1つです(一体おめぇどの口が…●)、
非マキハラ派の人々よ…震えながら聴いてくださいっ!!
 

 

BLIND

BLIND

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#186 印度式

2026年です🐴
 
今年もよろしくお願い申し上げます。
シレッと挨拶なんぞしておるわけですが、2026年一番初めの記事となります。
本日は1月18日ですがね●(トホホ、先が思いやられるぜ…)
 
 
昨年はご愛顧の程ありがとうございました。
こちらのブログは一向に閲覧数が伸びん!と嘆いておりますが、
そりゃそうだよな、いつ更新するかしないか分からないブログが伸びるわけがないのであーる。
 
忘れた頃に「あれ?あのHENTAI生きてんのか?」的な想いでこちらを訪ねてくれているのではないか?
そして更新されていないと「…やっぱりな」と引き返す、という悪循環●
今年はそれは阻止したいっ!!(もう新年明けて18日も経過しとるけどな●爆)
 
 
ということで、今年こそは閲覧者数を伸ばすべく(これ毎年言っとるな?●涙)記事を量産していくぞ!の気持ち
(あくまで気持ちなのでね…、もう大口は叩かないことにしたんですよワタクシも歳を重ねましたゆえ)
 
 
 
そして新年一発目ということで、景気よくいきたいとの思いで
今年も「槇原敬之のこの曲を聴いてくれ!!」頼むから聴いてくれ、いやホントにね。
 
 
 
 
 
『印度式』
作詞作曲編曲:槇原敬之
 
 
1997年11月27日に発売されました8枚目のアルバム「Such a Lovely Place」に収録。
景気付けにはこの1曲でしょうよ(…ホントに???)
 
 
そして…ワタクシたんぽぽ毛これまでも散々書いております、
私はこのアルバム「Such a Lovely Place」がこの世の全ての音楽アルバムの中で一番好きなんです。
マキハラ先生のこれまでに発売されたオリジナルアルバムは23枚あります。
もうどれもこれも天才すぎるので1枚には絞れないのはやまやまですよ、うん分かる。
しかし私はそれでもこの「Such a Lovely Place」が一番大好きなのです、即答です。
 
ズルいことを言うならば、「Such a Lovely Place」は飛び抜けての一番で、
その他はほぼ横並び(ズルいね…●)となっております。
なので、ではSuch a Lovely Placeの次はどのアルバムが好きですか?と聞かれても答えられぬ●
 
そして、今回のこの「印度式」にてアルバム「Such a Lovely Place」はコンプリートです!!
 
 
おめでとうございますーーー(一体誰に?爆)
 
 
いや、「槇原敬之のこの曲を聴いてくれ」を書き始めて今年の2月でもう6年が経とうとしております。
本日で186曲という少なさ、、、おいおい、あと100曲近くあるぞ。
そしてそうこうしているうちに、槇原敬之がさらなる天才アルバムを発表しちまうぞ。
あまりにも悠長すぎるな●とお思いのそこのアナタ様!その通りです(開き直り●)
この6年でコンプリートしているアルバムはこれで2枚目ですよ。苦笑
 
まぁ、焦るのはよくないのでね(もっと焦ってくれや●)、ぼちぼちいきたいと思います。
 
 
そんな本日の1曲、、、「印度式」
こちらの曲に関する逸話はたくさんあるのですが、どれからいきましょうか。
 
審査にかけた話からいきますかね?爆
 
 
2019年”Design & Reasonツアー”にて、こちらの曲が歌われました。
実に21年ぶりではなかったでしょうか?1998年が最後と記憶していますよ(間違っていたら訂正お願いします)
その際の曲紹介の際にマキハラ先生ご本人が話しておりました。
 
 
これまで数百近く曲を作ってきて「世に出していいのか唯一”審査”にかけられた曲」
 
 
とのこと。
本人様当時笑いながら話されていたので、ここはもちろん笑い転げるところでございますよ^^
いや…うん。
分かるよ、結構きわどいもんな。笑
 
もう今だから言えるエピソードなんだよね、ってところがまたシュールで…爆
 
はい、ということでそんな伝説(?)が残る本日の1曲でございます。
いつものように歌詞を引用させてただきます。
 
 
 
 
 
(スイカ
ワキ・スネ ワキ・スネ
before・after ナンジャ・ワレ)
 
 
雑誌の広告見ていたら 目に飛び込んできたあの言葉
”毛深い男じゃモテないぞ” 図解説明(ワキ・スネ)
生まれてこのかた一抹の 不安もないまま やってきた
のにのに そう 気がつけば 「俺 毛深いじゃん…」
 
お急ぎの方はお電話で 思わず受話器をにぎりしめ
かけちゃいそうだったよ でも もう一人の僕が言う
それなら それなら いっそのこと
 
打って!打って!ホルモン注射
ちょっとちいさな胸もふくらんじゃうけど
打って!打って!ホルモン注射
毛があって 彼女なきゃしょうがない
ブタの貯金箱 わる時は今だ!
 
 
(ワキ・スネ  ワキ・スネ
before・after ナンジャ・ワレ)
 
 
 
雑誌の広告見ていたら 目に飛び込んできたあの言葉
”やった!1ヵ月で8キロ減” 写真説明(Before・After)
生まれてこのかた 胃下垂と  疑いもせずにやってきた
のにのに そう 気がつけば 「俺 太ってんじゃん…」
 
お急ぎの方はFAXで 思わずチラシの裏使い
書いちゃいそうだったよ でも もう一人の僕が言うのさ
それなら それなら いっそのこと
 
吸って!吸って!脂肪を吸引
背中が案外とれにくいよね
吸って!吸って!脂肪を吸引
肉あって 彼女なきゃ しょーがない
定期預金 解約の時は今だ!
 
 
 
(ラップ)
私たちの長年の研究で こんなに手軽に行えます
痛みもナイ 再発もナイ 東京出て8年 何悩んでんの?
やっとの思いでしゅーしょくしたら 最初の配属 美容部員
オレ 相撲部員 男なのにボイン 平凡な毎日じゃ つまりませーん。
 
 
打って!打って!ホルモン注射
ちょっとちいさな胸もふくらんじゃうけど
打って!打って!ホルモン注射
毛があって 彼女なきゃしょうがない
ブタの貯金箱 わる時は今だ!
 
(ワキ・スネ ワキ・スネ
チョットマッテ チョットマッテ
(コンニチハ ナンジャ・ワレー)
 
 
 
 
以上が「印度式」の一部始終です●爆
 
これさ…改めて書いていて思ったのですが。
本日この曲をまだ知らない非マキハラ派の人々が何かの拍子でこちらのブログに訪れていたとしたら…?
 
 
非マキハラ派の皆さーーーん!!
これ、マニアの中では神曲ですからねーーー!!
大人気曲ですからねーーー!!
ライブでは大盛り上がりですからねーーー!!
あ!マッテ!逃げないでくださいねーーー!!
 
 
そうなんです、歌詞だけみると度肝抜かれますが、れっきとした神曲でございます(キリッ)
 
いや、ビビるよね(気持ちは分かるぞ●)
でも正直この曲をまだ知らない非マキハラ派の人が超絶羨ましいのです。
この曲をまっさなら気持ちと心でまた初めて聴きたいのよ…
今の私は何を思うのだろうか、と…
 
私がこの曲を初めて聴いたのは高校3年生だった、受験勉強の合間を縫って聴いたものです。
ただ、、、どうでしょうか?マニアの皆様、この曲初めて聴いても
 
 
 
何となく耐性できていませんでしたか???爆
 
 
 
そうなんですよ、そんなに驚かなかったのですよワタクシ。
もしかしたら日本中にはそのようなマニアで溢れているのではないか?とも思っています。
(さぁ、怖がらずに正直に言うのです…)
 
過去にも色々と書いた記憶がありますが、初めてこのブログを訪れてくれた方に再度書きますね。
 
槇原敬之さんは普段は、
もう恋なんてしないなんて言わないよ絶対とか言っちゃう男とか
いつまでも昔の恋人のくれた目覚まし時計を使い続ける男とか
割と女々しい、ネチネチ系の歌詞を書かれるシンガーソングライター様なのですが、
 
オリジナルアルバムの中ではタガが外れたのか(言い方●)、
 
 
お遊びソング
 
 
なるものをこれまで過去に生み出しております。
ちょっと言い方に語弊があるかもしれませんが最大限の賛辞です。
私はそれを「お戯れ曲」と勝手に呼んでおるのですが…
 
普段、シングル曲を発売し、TVの前で歌う、、、
そんな槇原敬之氏からはあまり想像できないようなトンチキソングをアルバムでは作るのです。
 
 
 
 
そのふり幅よな…✨
(なんでも褒める甘やかしマニアがここにおります●)
 
 
 
1997年のこのアルバムに収録されている「印度式」の前にはいくつかありました。
そして我々マニアは徐々に耐性をつけられ、ちょっとやそっとでは驚かなくなるという強靭なハートを育てられていたわけです。
うん、そう考えるとマキハラ先生は策士だな?とも思います。
曲一つ一つのふり幅がえぐすぎるのと、
そこに垣間見られる 天才の所業…(もう平伏すしかないのであーる)
 
ちなみに、このアルバムの前年に発売されたアルバム未収録のシングル曲「まだ生きてるよ」
こちらがその最たる作品となるのだと思っております。
 
 
というか、、、
いくら「槇原敬之死亡説」が囁かれていたとは言え
シングルであの神曲作っちゃうんか?そしてTVで歌うんかい?って…
(吐いちゃったけど、でも飲んじゃった!てへぺろ(あくまでイメージ映像でお楽しみください●)ですからね?)
この「まだ生きてるよ」は未解説だったと思いますので、いずれお披露目できることと思います。
 
なので、耐性が整っていない非マキハラ派の皆さまは
「まだ生きてるよ」を最初に聴いてからこちらの「印度式」を聴くといいかもしれませんね。
 
 
はい、本日は「印度式」でしたね、失礼しました。。。
 
 
 
いやもう解説とかそういうレベルではないような気もするのですが、いけるところまで行ってみようと思います。苦笑
 
 
 
まずはイントロですね!!
 
セリフのような掛け声のようなオモロ歌詞です。
 
(スイカ
ワキ・スネ ワキ・スネ
before・after ナンジャ・ワレ)
 
こちらの「スイカ」ですが…
この冒頭のメロディ?というかアレンジは、有名な洋楽からのオマージュだそうです。
 
アメリカのバンドChic(シック)が
1978年に発売したアルバム「エレガンス・シック」からのシングル曲「Le Freak」(おしゃれフリーク)
 
こちらのイントロがモロそれですね。
ちなみに原曲では
 
 
と言っておりますが、それをマキハラ先生が
日本語で曲始めの景気づけの言葉として、誰もが知っていて空耳できる単語は…?
と考えた結果、、、
 
 
 
スイカ
 
 
 
と、なったと聞いています(あくまでワタクシの記憶なので訂正さればお願いします●爆)
でも確かに、Chicの「Le Freak」を聴くと「スイカー!」って聴こえるのよね、怖いよね。
もうそうにしか聴こえないっていうマキハラマジックなので、ビックリしてしまいますねぇ。
 
ということで、歌い出し(?)の謎が解けたところで(果たして謎なのか…?マニアは周知の事実デスカ?)
 
 
さて、歌詞解説、、、といきたいところですがね。
もう解説どころの話ではなくて、そのまんまなんですよね。
東京に出てきて8年の青年がある日「ハッ」と目覚める、、、という話。
 
ちなみに、この曲の主人公僕は「槇原敬之」本人だと思ったり思わなかったり…
 
 
おいおいどうしたどうしたって…
ただ、1995年頃はマキハラ先生この業界を辞めようと思っていたと話されておりました。
ポリープ手術もキッカケだったとは思いますが、
1990年のデビューから翌年91年の「どんなときも。」のメガトン級の大ヒット。
そこから駆け抜けるように5年が過ぎ、、、
 
昨年のツアーの際には「レコード会社と〇年の間にアルバムを〇枚出す」という契約も結び、、、
などとあの頃の想いを吐露する場面もありましたよね。
そして、その休養期間に色々と思うこともあっただろうし、
芸能界というか音楽業界の色々なしがらみなども目の当たりにしてきたんだろうし。
1996年初頭には自分で洋楽のアルバムも作っちゃって、そして「UNDERWEAR」で引退しようと思っていた…
 
 
そこからの、1996年末の「まだ生きてるよ」→→→からの「Such a Lovely Place」に至るわけですよね。
 
いやもしかしてさ?
この「印度式」って「まだ生きてるよ」とかと同じ時期に作ってんじゃないの?って思ってしまう。
 
 
 
 
マッキー、、、どうしたん?何かあったんか???
我々マニアはお戯れ曲にはある程度耐性はついているけども、
その「お戯れ曲」の中でも伝えたいことの芯は太かった気もするんですよね。
 
吐いちゃったけどでも飲んじゃった「まだ生きてるよ」でさえもその芯があったのです。
 
 
 
しかーし、、、こちらの「印度式」
 
 
 
どうした?マキハラノリユキ?!
 
 
 
1コーラスでは毛深いことに気付いた僕が、雑誌の広告を見て考える。
毛深い=男性ホルモンが強い
つまり、ホルモン注射を打ってしまえば根本解決になるのではないか?という流れ…
 
2コーラスでは太っていることに気付いた僕が、雑誌の広告を見て考える。
1ヵ月で8キロ減?それは夢のような…
はっ!直接脂肪吸引しちゃえば根本解決になるのではないか?という流れ…
 
 
 
いや、言い方語弊あります、あるのは承知で言わせてくれ…
 
 
 
 
オイオイ ぶっ飛んでんな~???(爆)
 
 
 
メロディはノリノリでめちゃくちゃ楽しいのですよ。
実際1998年のライブでは、
バンドメンバーさん達もイメージカラーの衣装をまとってノリノリで踊っていたらしいので。
この曲はまさにそのような曲!!楽しんだもんがち!!2019年のライブでも大盛り上がりでしたよね。
 
 
 
ただ、一マニアとしてはかすかに心配も残るのです…
この時のマキハラ先生の心境は一体どうだったのか?精神状態はどうだったのか?
クソ真面目にこんなことを29年の時を経て考えている私も相当狂っているのだろうか?苦笑
 
 
そして、この曲の真意とは…?
もしかしたら槇原敬之のお家芸である「比喩表現」が全面的に使われているのではないか???爆
私はマキハラ先生のラジオはほぼ聴いていない非国民ゆえ(●)、
実際、この曲をマキハラ先生本人がどのように解説していたかは分からないのですが、解説してましたかね?
 
 
そして私は弱い頭で考えたのです、、、
そう、その答えはCメロ(ナノカ?)のラップにあったのです。
 
 
(ラップ)
私たちの長年の研究で こんなに手軽に行えます
痛みもナイ 再発もナイ 東京出て8年 何悩んでんの?
やっとの思いでしゅーしょくしたら 最初の配属 美容部員
オレ 相撲部員 男なのにボイン 平凡な毎日じゃ つまりませーん。
 
 
 
どうですかね?
こちら、実際の曲中ではマキハラ先生だけではなくて色々な方が歌っておりますね。
槇原敬之がラップ???爆
今じゃオオゴトですよ?笑
 
 
つまりですね、
 
東京出て8年、お前は何してんだ?思いっきりやったれよ!悩んでんじゃねーよ!
もう平凡な毎日じゃつまらなくなってんだろーーー?
 
という、喝を、、、
 
 
 
我々マニアはこの曲を通して槇原敬之に「喝」を入れられているわけなのですね…爆
 
 
 
そう考えると、、、
1995年~1996年にかけて色々と休んでさらに色々なことに挑戦してきた期間。
突然の全歌詞英語でのアルバムで戸惑ったのも事実、、、
そしてマニアの間では最高傑作ではないかと未だに言われている「UNDERWEAR」の発売。
そして自分は「まだ生きてるよ」と声高らかに再度歌う決意をしたマキハラ氏。
 
 
 
お前らこんなオレ(マキハラ氏の一人称は”僕”ですけどね)についてきてくれるんかぁーーー?
 
 
 
そうか、そうだったのか、そんな想いが隠されていたのね、この印度式には。
ははは、何と壮大なことか…
 
 
 
あれ?たんぽぽ毛さん大丈夫ですか?暴走しておりますか???
ご心配はいりません、自覚ありです●
 
 
 
そして、この曲には「スイカー!」のイントロ部分の前に30秒ほど
 
 
1,2、、34! 相撲部員!
「このバンドちょー ふいんき良くない?」
「ちょー ふいんきいいよね」「ふいんきいいー ふいんきいいー」
 
ちがーーーう!!
 
は? 「ふ・ん・い・き だ!!」 Fu~♪
 
平凡な毎日じゃつまりません
 
 
 
という、子芝居的(●)な流れがあるのです…
 
「雰囲気」=ふんいき という読み方をしっかり訂正するマキハラ氏。
正しいことを正しいと、そして楽しいことは楽しいと!
でも平凡な毎日ではつまらないから、色々なことにチャレンジしたい僕へと繋がっているわけですね。
 
 
 
 
何だかんだと結局、
この曲は「何も考えずにただただ無心で聴く」が正解なのだろうと思います。爆
 
そして、何か悩んでいることあってもまず飛び込んでみたら?
と、マキハラ先生が少しだけ背中を押してくれているのでは?などと考えます(真剣)
 
 
 
ただ、1コーラスでは毛深さ、2コーラスでは肥満。
今の時代はコンプライアンスというものが厳しくなったり、
ただ、この曲が発表された1997年という時代を思い返すと…外見重視
見た目ではなくハートで勝負しようとしても、まずは外美で見られてしまうようなそんな時代。
90年代後半を高校生として過ごしてきた私ですが、
流行りに乗ったり、今じゃ死語ですが「ルーズソックス」とかも履いたりしておりました。爆
 
世間が「可愛い」可愛さを求めたり、体型も同様。
今は多様性の時代、見た目でその人の価値が判断できる時代ではなくなってきておりますよね。
 
でもこの時代はそうではなかったはず。
そんな中でも見た目ではなく内面がとても大事、という思想はあったとは思うのですけどね。
そんな世の中に槇原敬之が投じた1曲だったのではなかろうか?などと考えると…
 
 
 
やっぱり槇原敬之って天才だな?
 
 
 
に、行き着いてしまうしまう甘々マニアなのです。
 
 
さぁ!何も考えずに「印度式」を聴くのです!!
お戯れ曲とは言え、その言葉選びとかアレンジとかは本当に天才と思う。
そしてワタクシの宇宙一大好きなアルバム「Such a Lovely Place」に収録しておりますからね…
 
 
槇原敬之のふり幅えぐすぎて、、、もうどうしようもないのです(もっとクダサイ
 
 
印度式

印度式

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#185 三人

大変大変ご無沙汰しております(笑)
 
槇原敬之氏を(たぶん●)愛してやまないたんぽぽ毛と申します。
あれ?このブログ、まだ稼働しとったんか?と言われても仕方ないくらい放置しておりました。爆
 
何と、前回の「槇原敬之のこの曲を聴いてくれ」に関しては6か月半前ということで。
2025年の年頭に「Showcase The Live!」が始まる前にはせめてBESTアルバムの曲だけは終わらせよう、
なんて言っていた自分がウソのようですが…(泣
 
まぁ、でもこのブログを昔から御贔屓にしてくださっている方
(たぶん10人くらいはいる●イツモアリガトウゴザイマス)にとっては
「いつものことですね?むしろ通常営業で安心します」などの声がチラホラ…(妄想●)
夫らしき人からは「もう、ブログ終いしたらどうですかね?」などと言われてしまう始末です。
 
まぁ、これだけ放置だと終ってるようなもんなんですが、
せめてマキハラ先生の全曲紹介するまでは続けさせてもらえないだろうか?などと考えておるのです。
 
 
 
STLツアーもいつの間にか終わりましたね?
そして気付けば、10月25日の国民の祝日(槇原敬之デビュー記念日)まで2週間切りましたね?
ワタクシ事ですが、最近はマキハラ先生以外の界隈にも足を突っ込んでおりますゆえ、大変です(ナニガ?●)
 
 
ただ、そんなことは言ってられん!!
(突然どうしましたか?爆)
 
 
はい、今年もやってきたようですね…
 
 
おめぇどの口が言ってんだ オブザイヤー
 
 
の時期ですね?
 
ワタクシはここ3年くらい大賞に輝いておりますゆえ、
今年も大賞獲る気満々ですよ(ニコニコ)
 
 
 
 
そろっとマキハラ先生の35周年記念集大成となる『TREASUarenaTOUR』が開幕となります。
さすがにブログも稼働させねば!とのことで、へーこらへーこらやって参りました。
 
 
そうです、まさに「おめぇどの口が言ってんだ オブザイヤー」の名に相応しいいやらしい行動でございます。
 
 
 
35周年で一体何を歌ってくれるんだろうワクワク的なマニア様は多数おり、
きっとSNSなどでは曲予想などもされているかと思います。
SNSのTL徘徊を止めてしまったワタクシなので、今界隈がどんな感じなのかも分からないのですが。
 
私は、私のできることをただコツコツと…(コツコツ?●)
 
 
 
ということで、約半年ぶり(爆)のこの曲を聴いてくれ!!です。
本日185曲目となりました。。。
 
 
 
 
 
『三人』
作詞作曲編曲:槇原敬之
 
 
1992年6月25日に発売された3枚目のアルバム「君は僕の宝物」に収録されております。
デビューから初期「君三部作」などと呼ばれている最後のアルバムとなります。
こちらのアルバムは、槇原敬之爆売れ中の発売となっておりまして、
当時のマキハラ先生のプレッシャーっもあり、ただ過去2枚のアルバムまではできなかったことなど
色々と周りの反応や生活等がガラりと変化した時期に作製されたアルバムだと後に話されております。
アルバム「君は僕の宝物」はオリジナルアルバム史上最高の売り上げを記録したと記憶しております。
 
マニアの中でもBEST1に選ぶ方も多いような気がしてます。
過去2枚はまだアマチュアの自分を捨てたくなかった、、、
そこからある意味精神的にも成長を遂げたマキハラ先生が世に放った1枚であります。
 
ちょっと奥さん。。。
 
そんなアルバムのこの神曲を今までスルーしていた私を殴り殺してくれ(穏やかでないですなぁ●)!!
私の架空の記憶の中ではすでに曲紹介していたはずですがね…
半年ぶりの「この曲を聴いてくれ」だし、何の曲にしようかな?なんて選んでいたら…
 
 
 
マジか…「三人」まだだった…(呆然●) ←今ココ
 
 
 
別に忘れていたわけではないのだよ、マキハラ先生の歌には神曲が多くてね。
だって185曲目になってもまだまだ湯水のように神曲出てくるんだもんな?やってらんねーよな(やさぐれ●)
 
 
それが「三人」か…(しみじみと…)
 
 
もう言うまでもない、
マキハラマニアにとっては神曲必至。
上京当時の槇原敬之氏自身のことを綴った珠玉の名曲(涙)
 
 
 
おめぇどの口が言ってんだオブザイヤーに続き
 
 
おめぇ今さら 何言ってんだ オブザイヤー
 
 
今年は何とW受賞の可能性が出てきましたね?(光栄なことです●)
今更感半端ないですが、どうか最後まで生温かく読んでいただけたら幸いですヨ。
 
はい、すみません。
神聖な神曲「三人」を前になぜか私の心が高ぶっているとお察しいただけたらと思います。
 
そんな気持ちのまま、いつものように歌詞引用させていただきます。
(久しぶりすぎてな…爆)
 
 
 
 
びっくりする程 ちっぽけなカバン1つで
5月の雨の日 僕は東京の街におりた
心細くは なかったよ 少し年上のルームメイトと
その彼女と 僕で 暮らしていたから
 
まだ彼女がいない頃は まよなかに大きなヴォリュームで
Doobieのライブをよくきいたね
そして彼女がやってきて まるで2人両親のように
夜遅い 僕を 待っていたっけ
 
彼女はデザイナーをめざし 
彼は心優しいエンジニア
そして僕は誰かのために
歌い、生きていくことを決めた
 
僕もあれから 2回目の引っ越しをして
何だかんだとつらいことも たくさんあるけれど
そんな自分を 一番助けてくれるのは
あの三人で過ごした 楽しい思い出なんだ
 
 
 
 
1年と少し経ったあと 新しい いそうろうが来たと
言われて少し淋しくなったけど
そいつは大きな耳と目と 長いヒゲのかわいいトラネコ
ほっとした僕に彼が言った
 
「あの家 売りに出してたんだ 
もうすぐ買いてがきまるらしい
だから近いうちに遊びにおいで」
~少し胸が 苦しい…~
 
さよなら 僕の 一番はじめの東京
三人分の思い出を つめた宝箱
僕ら 変わらないよ 
ビアガーデンに行く約束も
まだはたしてないからどうか 安心しておいて
 
 
 
 
 
全歌詞引用させていただきました。。。
涙 涙 涙 涙、、、
 
 
先ほども書きましたが、、、
こちらの「三人」の背景はマキハラ先生の実体験となっているそうです。
 
 
時は35年前の1990年3月。
「AXA MUSIC AUDITION '89」にてグランプリを獲得されデビューが決まりました。
その時の審査員の一人であった方、、、
後の「三人」に登場する年上のルームメイトさんですね。
 
当時「マキハラ君、僕のうちで暮らす?」みたいな感じで、
東京に出てきた若き日のマキハラ青年との出会いだったそうですね。
ちなみにちょうどその時離婚した直後だった…?でしたっけ?
それとも、恋人と別れてすぐだったか…?どちらにしてもタイミングが良かったのですね。
 
そして、歌詞にもある通り1990年の5月の雨の日、、、
マキハラ青年は上京された、、、という経緯かと思われます(誤っていたら指摘お願いいたします)
 
これさ、1990年5月1か月分の東京の天気予報を調べると
何日に上京したとかも分かる感じですかね?さすがに私はそこまでしませぬが
もしやの上京日まで把握しているマニア様はおるのかもしらんね(こっそり教えておくれ●爆)
 
そんな背景がありましてのこの名曲「三人」の誕生であります。
 
私の記憶の中では、
この三人の中に登場するエンジニアさんは木崎賢治さんかとずっと思っていたんですけどね。
年齢を考えると「少し年上」どころの話ではないしねぇ、私の記憶違いでしょうか。
ただ木崎さんと言えば、後の槇原敬之に多大なる影響を与えたプロデューサー様。
今年はじめの何かのインタビューでは
 
必ず最終地点に「希望」をセットして歌を作るようにしている
 
と話されていて、それはお世話になった木崎さんから毎回言われていたこと、とのこと。
”時間を使って聴いてくれた人のもとに最後に希望とかそういうものが残らないと絶対ダメ”
というのが木崎さんの教えだったようですね。
それでマキハラ先生は「希望」を残して歌い続けることをマイルールとしているそうです。
 
ほうほう、そうなのですね。
それで今までの数多ある神曲の中の「余韻のお化け」に繋がっていると…メモメモ
 
生まれ故郷の大阪にてアマチュア時代を過ごしたマキハラ青年が、
ついに上京。
 
並大抵の覚悟ではなかったのではないかと想像します。
 
1コーラスのAメロ
びっくりする程 ちっぽけなカバン1つで
5月の雨の日 僕は東京の街におりた
 
このね「ちっぽけなカバン1つで」って歌詞がね、たまらんよね。
一人暮らしではないから、きっとその家には家具やら色々なものが揃っていた状態。
そんな中で、身一つだけの状態で乗り込んできたマキハラ青年。
 
ま、まぁきっとその他のものは段ボールで送ったんだろうな?なんて野暮なことは言いませぬ●
 
でも、この歌詞って
物理的な”小さいカバン”のことを表現しているだけではなくてさ、
 
まだまだアーティストとしては赤ちゃんである自分自身のことも表現しているんですよね?きっと。
グランプリを獲ってデビューしたはいいものの、素人に毛が生えたレベル(語弊があったらすみません●)
自分の音楽に対する誇りはきっとあったマキハラ青年だとは思いますが、
それでもその時の自分の立場なんかは十分にわきまえていたんだと思います。
 
右も左も分からない状態、
そして本当にこの世界でやっていけるのだろうか。
大坂での経験や、その前の坂本龍一さんのラジオのエピソードなど、
自分に全く自信がなかったわけではないとは思いますが、それでもプロの世界に進むという選択が。
夢と希望は大きくても、大成しないで終わっていく人たちもきっと多い世界。
 
そんな世界に飛び込んでいく自分自身のことを
「今はまだちっぽけな自分」と暗に比喩しているのではないだろうか?とも思うのです。
 
「小さなカバン」ではなく「ちっぽけなカバン」という表現がまたマキハラ先生らしくて本当に好きです。
 
そしてその場所には愛が溢れていた、ということ。
 
 
本日の「三人」についてはほぼ解説いらずではあると思うのですよ。
その当時のマキハラ先生の想いが存分に歌に詰め込まれていて、、、あたたかな気持ちになるんです。
 
そしてこの曲が1stアルバムではなく3rdアルバムに収録されているというのがまたいいんですよね。
上京当時の自分自身の想いと、それから数年経過した時の想い。
その想いの交錯が、とても巧みに言葉で紡がれておりますよね。
 
私は1992年当時聴いていた時は、あまり時系列がハッキリしない時期がありましたよ。
単なる読解力の欠如なんですけどもね●
大丈夫です、今ならしっかり理解できますよ…
 
 
そして1コーラスBメロ。
 
一緒に暮らしていた彼は心優しいエンジニア、彼女はデザイナーを目指していた。
 
 
そして僕は誰かのために 歌い、生きていくことを決めた
 
 
ここ!ここよ!!
これね、歌詞カードだと
 
そして僕は誰かのために
歌い、生きていくことを決めた
 
 
なんですよね、
 
そして僕は誰かのために歌い
生きていくことを決めた
 
 
でもよかったと思うんですよね、でも違うのですよ。
この改行と読点がさぁ、、、いいよね(語彙力崩壊●)
分かります?このニュアンスの絶妙な違いが…(語彙力崩壊●)
 
この歌詞カードだと、
 
誰かのために歌う
誰かのために生きていく
 
と、”歌う”と”生きていく”この二つの言葉にかかっていると思うんですよね。
額面通りだと、誰かのために歌うのは理解できるけど、
誰かのために生きていく、というのは少し重いのでは?なんて思ってしまうと思います。
 
でもきっとそうではなくて、
自分の歌を聴いてくれる人そんな人たちにこれからも歌を届けていく
これはマキハラ青年の決意、神曲ANSWAERが誕生した際に感じた
「あぁ、自分はこれからこういう歌を歌っていくんだろうなぁ」という想い。
そしてその歌を聴いてくれる人達の人生の灯になるような歌をこれからも歌っていく…
 
きっとこんな決意がこの歌詞には表れていて。
 
それまでの過去2枚のアルバムとは状況も大きく異なり、生活面でも一人暮らしを始めたマキハラ先生。
この三人で暮らしていた時に感じた想いをずっと心に留めながらこれからも生きていくという決意。
 
 
そして、その”誰か”が、当時のファンでもあり、
そして今も応援し続けてくれているたくさんのマニア様たちだったりするわけですよね。
 
 
 
泣くが…
 
 
 
この「三人」が生まれた当時と、今はまた時代も異なり人々の考えも変化している現状。
またこの時代に聴く「三人」がとても染みて染みてねぇ、何なんだろうねぇ。
 
35年半前に東京に降り立ったマキハラ青年の背中を我々マニアは想像しているのだろうか。
それともその時の想いを込めた歌を作った当時のマキハラ先生の気持ちが
今も変わらずに芯となって歌い続けてくれているからだろうか…
 
まぁ、全部ですよね、うんうん(涙)
 
1コーラスサビ。
一緒に暮らしていた期間というのはどのくらいだったのか分かりませんが。
その後2回目の引っ越しをしたと。
この頃マキハラ先生、結構引っ越しが多かったとオールナイトニッポンでも話されていたかと。
契約更新とか待たずに色々と住処を変えていたのだろうな、そのくらい目まぐるしい日々だったのだろうと予想されますよ。
 
飛ぶ鳥を落とす勢いでの私の中での槇原敬之アイドル期ですからね…
 
そんな中でも色々と楽しいこと嬉しいことばかりではない、
辛いこともたくさんあったであろう日々。
そんな日々を救ってくれたのが、この三人で過ごした楽しくて幸せな思い出であったと…
 
 
 
もうさ、、、
本当にありがとうございます(嗚咽)
 
 
ですよね、マニアの端くれとして本当にそう思う。
 
物質的、物体的な目に見えるものだけではない、
確かな人との繋がりや絆、そんな想いが自分自身を鼓舞したり時には助けてくれる。
 
上京当初に、この三人での生活がなければどうなっていたんだろうな、なんて考えるのはナンセンスですね。
 
 
 
そして2コーラスです。
 
自分がそのおうちから出て一人暮らしを始めて…
新しい居候の話を聞いて淋しくなったマキハラ青年。
でもそれはペットのネコちゃんだったと分かってほっとしたのもつかの間。
 
一緒に暮らしていた家が他の人の手に渡ってしまう、ことになったと。
 
 
そして注目すべきはこの歌詞カードの表現
 
 
~少し胸が 苦しい…~
 
 
ワタクシ、お恥ずかしながら発売当時は歌詞カードを舐めまわすように見ますが、
徐々に歌詞が頭に入っていくと歌詞カードを確認することはしなくなります。
 
まさかこの部分の歌詞がこのような表記だったなんて…
なんですかなんですか(おめぇ今さら何言ってんだオブザイヤー大賞ですネ●)
 
もうなんなんですかなんなんですか(しつこいぞ●)
 
 
これは、直接彼に伝えた言葉ではなくて、
当時のマキハラ青年が感じた心の叫びということになりますよね?
もどかしさの残る、でも何とも言えないモヤモヤした気持ちをきっと表しているんだと思いますが。
敢えてのこの表記、、、しんどい助けてくれ。
 
そこからの2コーラスサビに繋がります。
 
あの家が売りに出されていることを知ったマキハラ青年。
実際の家が無くなることで、自分の存在が忘れられてしまうのでは?
あの楽しかった幸せな時間が消えてなくなってしまうのでは?なんて思ったのでしょうか。
 
でも違うんですよね。
 
マキハラ先生の一番はじめの東京
 
あの三人で過ごした日々の思い出の一つ一つが今の自分の糧になっていること
辛いこともあの時の楽しかった事を思い出せは乗り越えられる
そんな記憶が、そしてその想いが大切な大切な宝箱であると、、、
そしてその宝箱には「たくさんの幸せの記憶」が詰め込まれているというわけですね?
 
 
何も変わらない、想いは変わらない、そして思い出は永遠のもの。
だから僕らは大丈夫、あの家が無くなったことで何も変わらないのだ、と。
 
「一番はじめの東京」
 
この表現も鬼好きなんだけど、マニア様も同じですよねぇ?
誰しも「はじめて」というものは心に残りやすいもの、それが楽しくて幸せならば尚更。
 
1990年の5月に上京した槇原敬之の一番はじめの東京は、それ以上でも以下でもなく、
三人で過ごした幸せな時間であったと…(涙
目に見えないものを大切にする槇原敬之の礎を見たような気がします。
 
本当にありがとうございます、ありがとうございます、と今はただ手を合わせるだけのヲタク。
 
 
そしてこの三人のメロディですが、
1コーラスはピアノ1本で歌っているようなアレンジで。
それが暖かみを増しているというか、弾き語りすることで雑味のない思いが溢れているというか。
 
 
 
槇原敬之氏の実体験を歌っている珠玉の名曲「三人」、、、
そしてこの曲がね、、、その後色々と繋がっていく様がまた神なのよね。
 
 
想いが受け継がれてまた後々の神曲になるという流れがもう最高すぎるのよ、ホントに。
この3曲はセットで聴くとまたボロボロ涙こぼれてくるから注意が必要ですぞ。
 
 
三人

三人

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#184 まったくどうにもまいっちゃうぜ

私の生息する新潟市は、
連日お天気の日が続いておりますが、気温はなかなか上がらないため
一応新潟県の桜開花予報は「4月6日」になっておりますが、、、
 
ホントに咲くんか?
 
って、半信半疑です。
うちの職場の梅さえも一向に咲こうとしないので。
 
と、思っていたところ、昨日よりだいぶ気温が上がってきましたね。
週明けの月曜日に関東地方へ行く予定がありますが、
このままではトレンチコートは難しいか?などと思っていました(安定のトレンチ…)
ただ、昨日と今日の様子をみると、
 
もしや関東ではトレンチコートさえもいらんのでは???
 
なんて、思っております。爆
 
 
ねぇ、一体どうなってんのよ日本の気候…
もしやの関東では桜開花しているのでしょうか???
 
さてさて、ワタクシのたぶん愛してやまない槇原敬之氏のツアーが開幕して数日。
ビックリするほど情報をシャットダウンしておりますが、
先日本人公式のインスタを見てしまいました。それくらいです…
 
2月に発売されたBUPPUレーベル15周年記念BESTアルバム「Showcase!」ですが。
 
私のこのブログでも、
勝手に「Showcase!強化月間」と名付けまして、
「槇原敬之のこの曲を聴いてくれ」はこのアルバムからの選曲を中心に書いておりました。
全31曲中、
マキハラ先生の作詞ではない「わさび」、
そして新曲の「You Are the Inspiration」(まだ聴きこんでいないため●)
の2曲を除いた29曲、、、
 
 
本日でコンプリートでございますっ!!ぱふぱふ~
 
 
のちほど見やすいようにアルバム曲順に並べる予定(たぶんね●)
いや、そもそもマキハラ先生のオリジナル楽曲に関してはたんぽぽ毛調べでは280曲近くあります。
なので、本日184曲目ということは、残り100曲弱も残ってはいるのですが…
 
何だか変な達成感でざいます。
ちなみにツアー終了する頃までには新曲の「You Are the Inspiration」も解説したいが。
槇原敬之の曲を愛しすぎているがゆえに始めたこの「槇原敬之のこの曲を聴いてくれ」でしたが、
自身の自己満足、その想い一つでやってきました。笑
 
閲覧数は相変わらず雀の涙ではございますが、
読んでくださっている方もいるのは認知しております(本当にありがとうございます)
 
 
今後も細々と続けていく所存でございますっ!!よろしくお願いします、、、
ということで、しょっぱなから読者様に媚びへつらっているわけですが(爆)
 
今回のライブがきっかけでこのブログを初めて訪れた方もいるやもしれません…
あ、あの…どうかビックリしないでいただいて●あ、逃げないで…また来てね(プリっ)
 
 
 
ということで、「Showcase!強化月間」ラストの曲はこちら。
 
 
 
 
 
『まったくどうにもまいっちゃうぜ』
 
 作詞作曲編曲:槇原敬之
 
 
2012年12月19日に発売された19枚目のアルバム「Dawn Over the Clover Field」に収録されています。
勝手に「Showcase!強化月間」と名付けて書いておりましたが、この曲がラストというのは何というか…(涙)
 
このブログを読んでくださっているマキハラマニアの方には周知のことと思われますが、
この曲が誕生した経緯というものがありまして。それを知ってしまうと、、、(涙)
 
 
曲タイトル「まったくどうにもまいっちゃうぜ」ですよ?
この曲を初めて聴く非マキハラ派の人々からしたら
 
 
え?ふざけてんですか???
 
 
って、言われかねない。
ただ、そんなことを思いながらも「槇原敬之さんの曲だから神曲にちがいないだろうな…」
と、きっと誰もが思うに違いないとは感じております(曇りなき眼…)
 
 
そう…
ハッキリ言いましょう(お前は誰だね?●)
 
 
 
神曲なんです…
 
 
 
曲タイトルは「ど、どうした?」って思ってしまう(一瞬ね)
サウンドやアレンジも力強くて、、、ポップOFポップ、、、でも。
 
 
私はこの曲を聴くと泣けちゃうのよ・・・
 
 
こんなに元気元気で明るいメロディなのに、、、泣いちゃう。
 
 
もう槇原敬之天才っ(嗚咽)
 
 
まずは、この神曲の歌詞を引用させていただきますよ。
 
 
 
 
 
アゴをあげて前を向いて 例えどんなひどい景色でも
断ち切るリボンや くす玉がなくても
ここが未来へ続く道の始まりだ
俯いて目を閉じていれば 目の前真っ暗に決まってる
何もなくなったけど その分見通しは良くなった
 
そう言って君は僕に笑ったから
 
まったくどうにもまいっちゃうぜ 言葉なんてふっとんじゃうぜ
その笑顔をクリスマスみたいに 飾りつけて世界を輝かせたい
まったくどうにもまいっちゃうぜ 不安なんてふっとんじゃうぜ
その笑顔を見てるだけで なんだか力が湧いてくる
 
 
アゴをあげて前を向いて 例えどんなひどい景色でも
断ち切るリボンや くす玉がなくても 
ここが未来へ続く道の始まりだ
アゴをあげて前に進もう 未来がやってくるのをこうして
何もせずにただ待つよりも 進んで明かりをつけに行こう
 
そう言って君は僕にまた笑ったから
 
まったくどうにもまいっちゃうぜ 言葉なんてふっとんじゃうぜ
その笑顔をクリスマスみたいに 飾りつけて世界を輝かせたい
まったくどうにもまいっちゃうぜ 不安なんてふっとんじゃうぜ
その笑顔を見てるだけで なんだか力が湧いてくる
 
 
僕ら声の限り歌って行こう
La la la la la la la la la la la la la
大きく息を吸いこんで行こう
La la la la la la la la la la la la la
声の限り歌いながら行こう
La la la la la la la la la la la la la
この世界は愛で回ってると歌って行こう
 
まったくどうにもまいっちゃうぜ 言葉なんてふっとんじゃうぜ
その笑顔をクリスマスみたいに 飾りつけて世界を輝かせたい
まったくどうにもまいっちゃうぜ 不安なんてふっとんじゃうぜ
その笑顔を見てるだけで なんだか力が湧いてくる
 
その笑顔を見てるだけで なんだか力が湧いてくる
 
 
 
あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…やっぱり泣いちゃうな(涙)
 
 
先日のマキハラ先生の何かのインタビューで、
「アフリカンミュージックみたいな感じでやろう」というテーマの元作った曲 とのこと。
1コーラスと2コーラスのAメロでスタートを遅らせているらしい、です(え?そうなの??驚)
 
 
色々な音が聴こえてくる曲です、、、イントロは人々の歓声のようなもので始まります。
 
 
ここで、話を戻しますが、この曲が誕生した経緯について。
 
2012年2月3日~2015年8月28日の3年半、全187回。
マキハラ先生は自社制作で
インターネットラジオ「槇原敬之の神宮前ヴェランダスタジオ」の番組を持っておりました。
 
じ、自社制作???いや、さすがですマキハラ先生。
 
私は、不良マニアのファソ●ですので、聴いたり聴かなかったり…(安定していますねたんぽぽ毛さん●)
いや、通称「ヴェラスタ」ですけども「HENTAIラジオ」でしたよね???ね?(賛同求める)
私、今では自分で「HENTAI」とか言ってますけど、あの番組聴いていたら
 
私なんてまだまだだわ…
 
って思えますからね?(笑)
今思えば、槇原敬之氏はASMRのハシリなのではないだろっか???爆笑
 
 
そう…そのヴェラスタに1通のメールが届きました。
それは、2011年3月11日の東日本大震災にて津波の被害に遭われた人からのメール。
 
「津波で全て流されたけど、前よりも見晴らしが良くなった」
 
全くこの通りではなくニュアンス的な感じでお願いします。。。
このメールがきっかけで生まれた曲がこの「まったくどうにもまいっちゃうぜ」だったかと思います。
未曾有の大きな震災、当時メディアで何回も何回も映し出された津波の映像。
私は当時はすでに新潟にいましたので、直接的な被害は少なかったのですが、その様子に絶望感。
 
実際に被災した方々の想いは、私の想像をはるかに超えるであろうと想像されますので。
言葉をどう表出していけばいいのか、、、なのですが。決して安易な思いではないのですが難しい。
今年の3月11日で14年が経過しました。
被災された方々の想いは変化しつつも、あの当時の想いはずっと残っているのだと思うのです。
 
ましてや、番組に寄せられたメールは2012年に届いています、まだ震災から1年の時期。
 
そのメールを送ってくださった方は、
辛い思いや悲しさや悔しさ、もう表現しきれないほどの想いがあるかと思う中。
 
全部津波で流されたけど見通しが良くなったよ
 
って、、、言えますか?
マイナスの想いもあるところだったかと思いますが、そのメールの文章からは明るさも表現されていて。
 
恐らく、マキハラ先生はそのことに感銘を受けた、そういうことなんだと思います。
あの頃 日本中の人々が「自分たちに出来ることは何かないだろうか」と常に考えていたと思うんですよね。
さっきまで日常だった見慣れた風景が一瞬にして変化し、そして何も無くなってしまう…という現実。
そんな考えただけで恐ろしい、悔しくて悲しい現実がこの世界には存在していたんだということと。
そしてそれは今も被災された方々の心に深く残っているということと。
 
でも、そこにいつまでもとどまっていては前に進めない…
顔をあげていかなければ何も変わらない、、、
そのような境地に至るまでの葛藤や感情は、私の想像を超えるものがありすぎて、
ここで私が書くのも違うのかなぁ、とも思います。。。
 
それでも、そのような果てしなく絶望的な状況の中でも
前を向いて頑張っている人たちがたくさんいて、それを応援するために生まれた曲、
「まったくどうにもまいっちゃうぜ」、、、
 
曲の背景的には、とてもとても重くてそこにのしかかってくる人々の想いを考えると
押しつぶされそうになってしまうと思われるのですが…そんな中でも、マキハラ先生は
 
 
とびきりの明るいアレンジとメロディ、
そして100%の力強いプラスな言葉で神曲に仕上げてくれましたっ!!(涙)
 
 
ただただすごい、それだけっ!!
この曲から生まれるパワーや、受け取った時に聴き手が感じる想い。。。
 
 
全ての想いが詰まっている、、、マキハラ先生ありがとうございます。
 
 
私みたいなモンが何を言ったって薄っぺらくなるということは自分が一番分かっとるわ。
でも言わせてほしいぞ、「まったくどうにもまいっちゃうぜ」は神曲!
 
 
例えば、この曲の誕生の経緯を知らない人がこの曲を聴いたとして…
元気になるし、勇気を与えてくれる曲は変わらず。
そしてこの曲の誕生の経緯を知ってる人が聴けば、さらにもっともっと感動が。
 
 
 
こんなに身体が疼き、ワクワクするような神曲に仕上げる槇原敬之が天才過ぎてどうしよう。
 
 
そしてここで歌詞解説冒頭に戻ります。
 
 
この曲のイントロ、、、人々の歓声のような音で始まります。
もしかしたらそうではないかもしれませんが私は歓声に聴こえるんです。
そして色々な打楽器?のような音とアレンジ、、、
 
 
もうさ、世界中の様々な人々が歓声を送っているような感覚、全世界が応援してくれているみたい。
このイントロで使われている歓声のようなものは、要所要所で聴こえてきます。
そして私の大好きな大好きな鐘の音!!最高、、、
 
 
このアルバムは2012年12月の発売です。
あの震災からまだ2年も経過していない頃、、、実際の送られてきたメールは震災から1年でしたものね。
 
今現在は時が経って、時間と共に色々な変化してきていますが…
まだ2年の時期ですからね…
 
 
 
とにかく元気付けたい、応援したい、
そしてそんな状況の中でも被災した方々からこんなにも前向きで勇気や希望をもらえるなんて。
マキハラ先生は応援歌ということの位置づけだと思いますが、最大限の感謝も込められているのかな、なんて個人的には思います。
 
 
そういう諸々のことを考えると、
この曲は底抜けに明るいのに、自然と涙が溢れて溢れて仕方がない1曲となっております。
おそらくマキハラマニアの皆様、同様に感じる人が多いのではないでしょうか?
 
 
この曲さ、、、今回のツアーで選曲されてんじゃないのかな?って密かに思っているんですけどね。
ツアー終了したら答え合わせでしょうかね。
 
 
ていうか、歌ってほしいっ!!(切実)たのみます、マキハラ先生。
セレブレ2015でも歌われておりますので、オーケストラとか色々な楽器が合わさった時に本領を発揮するような気もしますね。
 
 
 
ということで、曲解説なのにここまで全く解説をしていないことに気付きました。
本日はもうここで終わってもいい気もしますが…神歌詞を少し紹介させてくださいませ。
 
 
この曲、1コーラスサビ/2コーラスサビ/大サビと、全て同じ歌詞が続きます。
 
 
まったくどうにもまいっちゃうぜ 
言葉なんてふっとんじゃうぜ
その笑顔をクリスマスみたいに 
飾りつけて世界を輝かせたい
まったくどうにもまいっちゃうぜ 
不安なんてふっとんじゃうぜ
その笑顔を見てるだけで 
なんだか力が湧いてくる
 
 
 
もうどうしようもない辛い状況にある現状であったとしても「笑顔」で
少し心救われたり、不安がまぎれたり、、、そしてそのステキな「笑顔」達を
クリスマスツリーのように飾りつけて、世界を輝かせたいと…
 
 
 
何だ?…天才か??
 
 
 
 
 
マキハラ節全開のこの歌詞。
元気づけるべき立場はこちらなのに、逆にこちらが元気をもらってしまっている状況。
どうか笑ってほしい、元気になってほしい、そしてそれだけでこちらが勇気をもれえるのだと…
 
 
はぁ~何なんだ一体、こんなにポップなメロディなのにさ、さっきから涙が止まらんのよ。
 
槇原敬之の優しさもそうだし、聴き手に対して勇気を与えてくれるこの曲の持つパワーが
とてもとても心を打つんですよね。
実際の辛い状況にある方々のことを想い心に寄り添っているつもりが、逆にこちらが励まされているという。
 
 
1コーラスAメロ。
 
アゴをあげて前を向いて 
例えどんなひどい景色でも
断ち切るリボンやくす玉がなくても 
ここが未来へ続く道の始まりだ
 
 
「顔」ではなく「アゴ」をあげてと歌うマキハラ先生が大好きです。
顔全体をあげても俯いているような状況になることってありますよね。
ただ、アゴをあげれば自然と目線も前へ前へと向くことができます、、、その表現の違いが。泣
 
そこに広がる景色がどんなにひどく絶望的なものであっても、
アゴをあげて前を向けた時からまた始まっていくから、そこからがスタートということ。
 
 
俯いて目を閉じていれば
目の前真っ暗に決まってる
何もなくなったけど
その分見通しは良くなった
 
 
実際の目の前に広がる状況と、心の状況。
何もなくなった、という表現は二つの意味が隠れていると思うのですが…
ぐだぐだと色々と考える前に「まずは先をみなければ何も始まらない」という想い。
見通しが良くなった、というメールで送られてきた方の想いが込められていて何とも言えない気持ちになります。
 
この心理に至るまでの葛藤は本当に想像を絶するものだと思いますし、本当に強いなぁと思えます。
 
 
 
そして2コーラスAメロ。
 
Aメロ冒頭は1/2コーラスで同様に繰り返されます。
後半、
 
 
アゴをあげて前に進もう
未来がやってくるのをこうして
何もせず待つよりも
進んで明かりをつけに行こう
 
 
「何もせず待つよりも進んで明かりをつけに行こう」
もうこれは、THE槇原敬之だ。
槇原敬之の曲はこれだよね、って歌詞でまた泣けてくる。
 
待ってとどまっているよりも積極的に動いて進もうよって、
言葉では簡単に言えるかもしれないですけども、実際に行動するのは難しかったりしますよね。
 
あ~~~~~!(涙)槇原敬之だ、好きだ~~~~~~っ!!
 
 
 
そして、Cメロ。
 
ライブではめっちゃコーラス難しいところね。
そしてマキハラ先生もめっちゃ煽ってくるところね。。。
 
 
僕ら声の限り歌って行こう
大きく息を吸いこんで行こう
声の限り歌いながら行こう
この世界は愛で回ってると歌って行こう
 
 
特筆すべきは「行こう」の使い方なんですよ。
恐らく、通常であれば「歌っていこう」「吸いこんでいこう」なんだと思うのです。
日本語の常用的には、この「いこう」は「行こう」ではないはずなんですよね。
それが例え同じ意味なんだとしても…
でも敢えてマキハラ先生は4連続で「行こう」と表記している。
 
 
あくまで、、、”そばに「行くよ」”という強い願いや祈りが込められているような気がして。
 
 
マキハラ先生の歌詞では、たびたびこういう表現登場するんですけど。
あんまり考えていないのか、それともたまたまなのか…いや、私は意味を持っての表記だと信じているんですが。
強い意志をもって「行く」という表記にしているんだと思いたいのです。
 
 
ちなみに、これまでどこかでマキハラ先生自身がラジオなどで解説していたら申し訳ありません(聴いておりませぬ●オイ)
 
 
例え、物理的に直接そばに行けなくたって、想いが心が少しでも届くことで、
 
 
「大丈夫、世界は愛に溢れている、僕たちは忘れていない、そばに行くことを」
 
 
という想いが伝わってくるようで、
声を出して歌いながらも鬼煽りの裏で、この部分の歌詞に込められた想いに二重に涙するという我々マニア。
マキハラ先生はどんだけサディスティックなのか…(爆
 
 
 
いや~、思いっきり声をあげて歌いたいですね。
え?歌えるのよね?今回のツアーで、、、そうですよね?毛利さん?マキハラさん?
(答え合わせは7月15日以降ということで…●)
 
 
 
最後に、この歌が誕生したきっかけになったメールを送ってくれた方。
今はどのような世界に変化しているのだろうか…
どうかどうかあの時 前を向こうと感じ始まった未来が光に満ち溢れていますように。。。
 
 

 

#183 HOME

3月14日がホワイトデイということで、
遅れましたが昨日夫が「いちご大福」なるものを買ってきました。
 
そこで思いましたが…
私、もしかして「いちご大福」を食べたのは人生で初めてかもしらん!!ということ。
 
 
そんなことあります???(爆)
 
 
いや、ワタクシのこれまでの人生を振り返って…
いちご大福を食べた記憶がないのですが…忘れているだけなのか???
それがね、本日のいちご大福は夫も何を思ったのか1個400円する我が家では”お高級”の部類。
そんなに大きくないんですよ?(失礼だな●)
 
え?400円???
 
ありがたく頂戴しましたが、食べてビックリウマすぎた。笑
存在はもちろん知っていますよ、そして最近はいちご以外でも「フルーツ大福」なるものがあることも。
我が街新潟駅にもフルーツ大福専門店があるくらいです…
でもいつも横目で見てはスルーしていましたが、今後は立ち止まってみようと思いました(単純だな)
 
もしかして、いちご以外の大福にもビックリするくらい美味いものがあるのかもしれん。
いや~、世の中知らないことだらけですね。
 
 
ただ、、、高いんだよな(泣)
 
 
こりゃ、ハレの日のご褒美くらいにしか食べられんだろうな、って思い夫に手を合わせました。
ちなみに、今年のバレンタインは忙しすぎてそれどころではなかったのだが、
しっかりホワイトデイにお返し(そもそもあげていないが●)くれるとは…何かあるのか???爆
 
 
 
ということで、本日3月16日
さてさて昨日3月15日は、
ワタクシの愛してやまない槇原敬之氏の
2025年のコンサートツアー「Showcase!The LIVE」が無事に皮切りしたようです。
 
 
 
 
めでたいっ!!×518億
 
 
 
 
今回は30カ所40公演、オーラスは7月15日なのでちょうど4ヵ月ですね。
とにかく無事に、、、誰もケガすることなく、欠けることなく、病に倒れることなく無事に乗り切ってほしいものです。
 
今回はね、私お無事にいけば5公演参加予定ですので、、、
 
またその際は思いのたけをこのブログにツラツラと書き出すかもしれません。爆
 
 
 
そして、、、
ツアーが開幕しましたが、
それと同時に今年の10月25日で槇原敬之さんは歌手活動35周年を迎えます。
それを記念してのアリーナツアーも発表されました、、、いやこりゃ驚いた。
 
いつもの如く、情報元は公式ではなくマキ友様なんですが。
マキ友様は、私の中ですでに公式です、、、(爆
 
 
 
 
いや、、、
飛ばし過ぎんか???
 
 
 
 
ちょっと心配してみるフリをしながら嬉しいのが一番なんですけどね。
でも周年イヤーは、その時しかないのでね。
特にマキハラ先生は30周年の時がコロナ禍関係なくアレ●でしたからね…
 
2025年の生きる糧が増えました、これでまた頑張れそうです。
今回はハコがハコなので、恐らくチケット取れない問題は低そうですけどね…
むしろ、埋まるのか問題(…はっ●お口が過ぎました)の方を危惧しております。
 
いや、槇原敬之今ノリに乗ってるから大丈夫だろう!!(何を偉そうにお前は●)
 
 
 
ということで、こんな田舎のただのマキハラマニアの一人ですが、
今後とも細々と応援していく所存です、そして布教活動も忘れない…
 
 
まずは2月に発売されましたBESTアルバム「Showcase!」
それを引っ提げての今回のツアー。
 
こちらのブログでは「槇原敬之のこの曲を聴いてくれ」ということで、曲紹介しておりますが、
ただいま絶賛「Showcase!」強化月間中。笑
本日を含めあと2曲となりました。
ラストスパートいきたいと思います!!そんな本日の神曲は、、、
 
 
 
 
 
『HOME』
 作詞作曲編曲:槇原敬之
 
2021年10月27日に発売された通算23枚目のオリジナルアルバム「宜候」に収録されています。
2020年2月にマキハラ先生は2回目のディープインパクト●がありました。
そこから個人的自粛期間に入ったわけですが…そこからの復活アルバムとなっております。
 
”HOME”そして復活後の、、、というワードで思い出されるのが、
このアルバム発売の20年前の2001年に発表された「Home Sweet Home」でしょうか。
このアルバムの表題曲となる「Home Sweet Home」はまだ未解説ではありますが、
そちらの「Home」の解釈とほぼ同義と思っております。
曲調や歌詞運びなどは全く異なるものなんですけどもね…根底に流れるものは同じなのかなぁ、なんて。
 
ちなみに、このアルバムが発売になる前に
マキハラ先生自身が1曲ずつセルフ解説をされております。
 
 
個人的自粛期間中にとても影響された人が「バート・バカラック」というプロデューサー。
「世界は愛を求めてる」(『What The World Needs Now Is Love』)という曲。
この曲を、GLEEが歌っているのを観て涙が止まらなかったそうです。
 
今いろんなものが溢れている世界、全部足りているんだけど一つだけ足りないのは「愛」なんだ
 
そんな曲が今の世界には必要なんじゃないか?と思って、オマージュで創られたようです。
「House」=「ただの”家”」ではなく、心の拠り所となる場所=「Home」という想いがある
 
 
上記のように話されております。
 
 
ということで、例の如く作者本人様が解説をバシッとしてくださっておりますので、
それが全てではあるのですが…(爆)
そうすると、このカテゴリの意味がなくなるので、たんぽぽ毛的解説をさせていただきたいと思います。
 
 
いつものように神歌詞を引用いたします。
 
 
 
 
 
鉛筆を削っていると 貨物列車の音がした
夜は背中を抱いてくれるから 幸せで泣きそうになる
それにしても静かな夜だ 君の寝息が全部聞こえる
部屋を抜け出して台所で グラスに水を注ぐ
 
気づくといつの間にか 足元に猫が
尻尾をピンと立てて まとわりついてきた
 
何かと引き換えにしなくても
そばに居てくれると信じられる
そんな存在がいる場所を多分 
HOMEと呼ぶのだろう
 
 
欲しいものを手に入れて 集めることに夢中になって
本当に好きかも分からなくなって 悲しくて泣きそうだった
君と暮らしてからの僕は 何かを集めなくなったな
思い返すと何かが違うと思ってた僕ばかりだ
 
気づくといつの間にか テーブルで猫は
お腹を出し油断して 目を瞑り寝ている
 
何も飾らないただの僕を 
愛してくれていると信じられる
そんな存在がいる場所を多分 
HOMEと呼ぶのだろう
 
 
 
自分以外の気持ちが 心の中にいること
それは窮屈だけど温かいと知った
 
何かと引き換えにしなくても 
そばに居てくれると信じられる
そんな存在がいる場所をきっと 
HOMEと呼ぶのだろう
 
心の帰る場所
 
 
 
 
 
ああああああああぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ~(涙)
 
 
 
 
もうさ…
槇原敬之だよねぇぇぇぇぇぇぇぇ?ですよね?
 
 
それ以上でも以下でもないのだよ。
 
 
この曲の大筋は先ほどマキハラ先生のセルフ解説で書きました通り。
槇原敬之のその当時の現在進行形である日常が描かれており、マニアにとっては微笑ましい限りです。
 
 
1コーラスAメロ。。。
 
鉛筆を削っていると
貨物列車の音がした
夜は背中を抱いてくれるから
幸せで泣きそうになる
 
 
まずは…
 
マキハラ先生、鉛筆使われるんですね???(そこですか?●爆)
 
大人になってくると、なかなか使いませんよね?
もっぱらボールペン、、、下書きなどはシャーペンなどになってしまいがち。
我が家は娘の小さくなった鉛筆が散り散りになっておりますゆえ、鉛筆派なんですが。
 
何か嬉しい…
 
って、この曲を初めて聴いた時に思ったのん気なマニアです。
マキハラ先生は特に詞先の神なので、降りてきた言葉たちを書き出すようなノートがあるのでしょうか。
いきなりPCに打ち込んだりするんだろうか…ていうか、そのノート見たいですがどうにかなりませんかね?
 
・・・というようなことを
歌い出しのこのワンフレーズで想像を掻き立ててくれるわけですよ。
 
「鉛筆を削っていると」
 
↑↑↑
たったこのフレーズだけでですよ?笑
夜中に静かに小さく響く、鉛筆を走らせる音っていいですよね…
そして、その鉛筆を削る行為は果たして自動なのか手動なのかはたまた手動でもカッターなのか…
ワタクシ的には「手動の鉛筆削り」を使っていてほしい…という願望があります(カッターなら尚良い)
 
 
そしてこの短いフレーズで思いのほかこんなにも語ることができるのか?と、いささか驚いております。爆
 
長くなりそうなので、次行きます。
 
そこに続いて
 
「貨物列車の音がした」からの、、、
夜は背中を抱いてくれるから幸せで泣きそうになる
 
ですよ?
 
私が20代の頃に住んでいた群馬のアパートですが、電車の高架が窓を開けるとすぐ目の前でした。
2階に住んでいましたが、タイミングが合えば電車の乗客と目が合うんじゃないか?くらいの距離。
ただ、高架の影響もあったのかそんなに気にならなかったというか…
あ、でもTVを観ている時に通るとTVの音は少し聞こえづらかったか…?昼間は。
夜は貨物列車も通りますけども、日中ほどの騒音はないんですよね。
 
速度規定がきっとあるんでしょうけどね、、、そんなことを思い出しては懐かしむ。
 
そうそう、そこからの「夜は背中を抱いてくれるから」の流れ…
 
 
マキハラ先生よ、詩人すぎて分からんのよ…
 
 
きっと、大きく包み込んでくれる的な例えなんだと思うのですが。
ここで、マニアの方でピンときている人もいらっしゃるかと思われます…
マキハラ先生記念すべき35年前のデビューアルバムの中の1曲「君を抱いたら」。。。
 
その1コーラス同じくAメロの歌詞
 
夜の背中を流れる ヘッドライトの河
ブラインドを渡るのは夜間飛行
 
 
この神歌詞、、、(デビューアルバムでこの歌詞は正気の沙汰ではないな●)
どうですか???
私、このHOMEを初めて聴いた時はこの「君を抱いたら」がポーンと浮かんだんですよね。
え?そうです、浮かんだだけです(爆)なので、ただそれだけなんですけども(おい●)
 
 
マキハラ先生、”夜”をテーマに歌ったりそうでなくても設定が夜だったりと、
そんな曲がたくさんありますけども、
割と夜に対するマイナスなイメージはあまりないような印象を受けます。
 
この「HOME」でもそうですけども、
暗がりではあるんだけども、それゆえに何か空間的な境が見えづらい状態。
だからこその世界がもっとずっと広がっているような感覚というんでしょうか…
それに飲み込まれそうになる、というマイナスなものではなくその大きく広い空間が
自分自身を優しく包み込んでくれる、というプラスなイメージでいつも歌っているような気がしてます。
 
昼間だと色々なものが見えたり、そして聴こえたり。
でも夜だとそれがだいぶ制限される、でもその制限されることですごく思考的んい落ち着くといいますか。
一人で色々と考えや思考を巡らせることで、新たなものが生まれたりと…
そんな中で静寂であるからゆえに、昼間では聞き逃してしまう音ももれなく感じてしまう。
感覚が研ぎ澄まされる感じというか何というか。
感情の閾値が低くなるというか、ハッと気づけ視界は暗いけど、でもそばには大切な人がいる幸せに気付ける。
 
ハッキリとは言語化できないんですけども、こんなような感じのイメージですかね。
 
「幸せで泣きそうになる」というのは、”夜”だからこその感情のような気がします。
もちろん、日中だってそのように感じることはあるんでしょうけどね、また異なる感覚。
 
そこからのBメロでの愛猫との日常の情景、、、
 
 
 
 
あぁ、、、
マキハラ先生幸せなのですね(涙)
 
 
 
 
もうさ、マニアはそれだけで十分なのですよ。
しかも、この曲は復帰後のアルバムだからさ、きっと個人的自粛期間中に制作されていたはず。
我々マニアにとっては、先も何も見えない真っ暗な海の上を彷徨っているような1年半だったけども、
 
そんな中で「推しがどうかどうか幸せで生きていますように…」と、どれほど祈っていたことか。
その答え合わせが、まさにこの曲だったんだな、と今になれば思えます。
 
マキハラ先生がバート・バカラックさんの「世界は愛を求めてる」を聴いて涙を流し
「そうだ!足りないのは愛なんだ」と感銘を受けたと同じように、
 
 
我々には槇原敬之、それだけが足りない世界だった。
戻ってきてくれてありがとう!!
しかも、こんなとびきりステキな音楽も一緒に連れて帰ってきてくれた!!
 
 
もう、これしかないのよ(涙)
 
 
そこからのサビ部分。
 
見返りや代償を求める必要のない存在の大きさ。
「House」(家)ではなく、心の拠り所となるべく場所、それが「HOME」であるとマキハラ先生は歌います。
物質的なものや、どれだけ大きな家とか高層マンションとか、そういうことではなくて。
 
必ず自分自身の心が帰ることのできる場所
安心できるような場所
そこには大切な君がいて、そして猫もいる。
 
たったそれだけのことがどれだけ幸せなことかということを、マキハラ先生は噛みしめているわけですよね。
 
 
 
 
泣けるが…(号泣)
 
 
 
 
そして、マキハラ先生にとってのHOME、、、
我々ファンやマニアにとってのHOMEは槇原敬之、あなたなのですっ!!ということ。
 
 
誰かと引き換えになんてできない我々にとっては唯一無二の存在であるマキハラ先生ですよ。
実際に生きているのか?本当に存在するのか?なんて今でも思います。
ライブでは目の前で歌ってくれているけど、これは果たして本物の槇原敬之なのだろうか?
時代は変わり、アーティストとの距離みたいなものが近づいているような昨今。
昔に比べたら、とても身近に感じることのできる存在にはなってきたけど…
でも違うよね?これまでどれだけ自分自身が救われて、生きる糧になってきたか…そんな存在。
 
何があっても、心の奥底には絶対的な存在として立ちはだかっていて、
でもそれが悪いことではなくて、ファンにとっては必然的なことで…もう自分の人生の一部のようになっている。
 
この先、もし何があっても揺るがない存在「それが槇原敬之」なんだな、と思わされる。
 
なので、
私のHOMEは槇原敬之なんです(重っ)
 
 
 
これ、私だけじゃないですよね?
きっとマキハラマニアの皆様にとっては同じ想いの方多数と信じている。
 
この「HOME」を聴くと、
マキハラ先生の幸せな日常を覗き見させてもらっているようで、少しくすぐったい気持ちにもなり。
でも穏やかな日常を送っているんだなぁ、あと安心する自分もいたり。
そして自分自身の中で絶対に揺るがない「唯一無二の槇原敬之」の存在を確かめられたりするのです。
 
 
 
そして2コーラスへと続きます。
 
誰と一緒にいるのか、それがどんな場所であっても愛しき場所である、と
20年前のマキハラ先生は「Home Sweet Home」で歌っておりました。
20年の経過の中で、経験値が増え、出会いの数も増え、自身の思考の変化もあったのだと思います。
 
ずっとそこにいたくなるよな場所
ここがそうじゃないなら そうなるようにすればいいんだ
(2001年「Home Sweet Home」より)
 
と、歌っていたマキハラ先生、、、
自分自身で創り上げていこうという気持ちが強い印象。
 
 
ただ、この「HOME」に関してはすごく自然体なマキハラ先生がいるんですよね。
曲調やアレンジの影響もあるのかもしれませんけどね。
年齢を重ねることで変化した部分や、その時期のライフステージも異なりますしね。
 
 
そのままの自分自身を愛してくれる存在
見栄を張ったり去勢を張ることなくそばにいられる存在
 
 
それに対して、すごくマキハラ先生自身が安心していて心からそう思っているんだろうな、って思えます。
 
 
 
 
そして、、、
揺るがない信頼関係、これですよね。
 
 
 
これって、一方的ではやはりダメであって。
相手が自分のことをそう思ってくれている、そして自分自身も相手のことをそう思っている。
お互いの想いの矢印がお互いを、しかも激強に想っていないとダメなやつです。
 
 
そのため、結果的にはこの「HOME」は盛大なノロケソングということでよろしいでしょうか?
こう言ってしまうと情緒も何もなくなってしまうじゃねーか、とお𠮟りを受けそうですが、、、
推しが幸せであるという事実が、我々マニアの生きる糧になるのです、大変すばらしいことでございます^^
 
決して相手に対して片方が依存しているとかそういうことではなくて、
自然に相手の思考や行動に合わせられるっていうのは、無理をしないでもそれが行えるというのは
タマシイの部分で深くつながっていることなのでは?なんて思ったりもします。
時には、見たくないようなことや聞きたくないようなこともあるんじゃないかと思います。
全部を全部受け入れてしまうと、それはまた違うような気もしますしね。
 
なので、2コーラスAメロ部分に関しては、いつの間にかそうだったな、、、って。
 
本当に好きだったものなのに、ある時気付いて悲しくなってしまうというのは本当に切ない。
自然と自分の中で取捨選択ができるようになってきたりと、君と一緒にいることで変化した僕。
でも、それが自然の流れだったかのように思わせられる君の存在、、、
 
これまでの僕の人生が悪かった、なんて言っていないし否定もしていないけど、
二人でいることが当たり前になってきて、お互いの思考が混ざり合ってそれが自然になってくる感じでしょうかね。
 
1/2コーラスともにBメロで猫が登場しますけども、
その歌詞の視線(?)の逸らし方も天才的だな?っていつも思ってしまいます。
 
 
 
 
そこからのCメロ→大サビ
 
自分以外の気持ちが 心の中にいること
それは窮屈だけど 温かいと知った
 
 
昨年発売され「Showcase!」にも収録されている「うるさくて愛おしいこの世界に」にも通じる歌詞ですよね。
自分の中で解決することや、
今まで自分一人で何でもやり過ごしてきた人間からすると、
相手が常にいるような生活というのは非常に息苦しいものですよね、
とても窮屈なんだけど「それが心の拠り所へと変化」していくのが胸熱なんです。
 
 
 
マキハラ先生も現在進行形で生きていてくださる人間ですもの、我々と同じです。
環境の変化や自身の変化、年齢も含めこの35年の中で色々と変わってきていると思います。
 
ただ、その中でも変わらないものもあるから、我々ファンはずっと聴き続けることができたり
それを糧にして生きてこられたわけですよね、、、
 
 
自分の居場所を探し続けてきたマキハラ先生が見つけた今のHOME、、、その想いに涙溢れる
マキハラ先生も大切にしているこの神曲。
我々ファンにとっても、とても温かく唯一無二の1曲となっているのは確か。
 
槇原敬之という存在がどれだけ私の中で光となって輝いているか…もう言語化できんほどです。
 
 
なので、私はこれからもこの田舎の片隅から愛を叫び続けるのです。
 
 
 
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#182 Fall

ごきげんようです。

ワタクシの(たぶん)愛してやまない槇原敬之氏の
2025年ツアー「Showcase!THE LIVE」の皮切りまで1週間切りましたね。
 
ところで、マニアの皆様はライブ前は予習して行く派でしょうか?
私は「No」派なのですが、
アルバム引っ提げてのツアーであれば、そのCDを聴いて歌詞を覚えていく…というくらい。
まぁ、それを予習と言わず何と言うのデスカ?と問われればやはり「Yes」派なんだろうか。
昨年のTTT2ndの際は、90年代の曲を歌います!と、マキハラ先生自身が宣言していたもので。
 
 
90年代の槇原敬之は予習しなくとも完璧なのよね、ふふふ。
 
 
などと、余裕綽々で臨んだライブでした。
そして今回は、BESTアルバムを引っ提げてのツアーですからねぇ。
新しいオリジナルアルバムではないので、
 
 
今回のツアーも予習しなくとも完璧だわ、ふふふ
 
 
と、これまた余裕こいている私がおります。
ただ、何はともあれ「Showcase!」の中から相当数選曲されているかと思われます。
ただ今絶賛「Showcase!強化月間中」のこのブログ。
 
本日の曲を入れて残すところあと3曲です。
 
 
 
いやね、、、話は少し逸れますけども、
昨日3月8日にスキマスイッチさんのライブへ参加したのですよ。
何と、ワタクシの地元の「佐渡島」でのライブ、、、嬉しすぎたので行ってきました。
常田さんの音楽のルーツとなっているのが我が推しのマキハラ先生ですので、
私の中ではスキマのお二人は、お兄さん的存在なのであります。
なので、私はいつもスキマスイッチさんを呼ぶときは「スキマ兄さん」などと勝手に呼んでおります。
 
佐渡島という僻地も僻地での開催(失礼な●)だったためか
「スキマスイッチのコンサートが初めての人?」と質問があり、相当数の手が挙がっておりました。
まぁ、例にもれず私もそのうちの一人だったんですけどね。
始めは「え?佐渡で開催?嬉しいけど、人が集まるのか心配」とうちの親までもがそう言っていたんです(失礼な●)
ただ、ふたを開けてみたらとんでもない、大盛り上がり、、、
リップサービスもあるかもしれませんが、
コール&リスポンスにて「歌がうまいな!」とお褒めの言葉もいただきまして。
 
これ、マキハラ先生も新潟公演の時によく言ってくれます。
佐渡と新潟でまた違うかもしれませんが、同じ新潟県のくくりで考えると、そうなんだろうと思うことにした。
演者はどこの公演でも言ってくれているであろう、という事実はスルーします(妄想です)
 
そうそう、昨日の話をすると長くなりそうなので、またいつか時間を改めて話すとして…
公演後にやっぱり私も検索していたんです、無意識のうちに。
スキマスイッチファンの方のブログや、歌詞解説をしている人のところへ…
「初めて槇原敬之のライブに参加する人」「往年のファンの方々」
「ずっとファンだったけどライブには初めて参加する人」など様々です。
 
そして、そのライブに感動して自分自身のプレイリストを作成しますもんね?
現に今回の私がそうですもの。
今回のマキハラ先生のライブは予習はほぼしなくていい、、、と勝手に思っているため
少しだけスキマ兄さんのプレイリストを聴いていたりする輩です●
ライブのプレイリストなんぞ、マキハラ先生の時にも作っていないのにね…(爆
 
そんなわけで、今回のShowcase!THE LIVEに参加した人たちが、
公演後にマキハラ先生の歌を検索した後、不幸にもこのブログを見つけてしまったら…と考えるわけです。
 
 
こりゃ、変なこと書けねぇな?
 
 
いや、別に変なこと書いてる自覚はなくいつも大真面目で書いているんですけどね(涙
その際に「Showcase!」の曲たちだけでも解説終わっていたらいいなぁ、などと考えるわけです。
 
ということで、残すところあと3曲、、、本日の神曲は
 
 
 
 
 
 
 
『Fall』
 
作詞作曲編曲:槇原敬之
 
 
2014年11月19日に発売された45枚目のシングル曲です。
翌年2015年2月11日発売の20枚目のアルバム「Lovable People」にも収録されております。
 
こちらのシングルはドラマ「今日は会社休みます。」の主題歌としてマキハラ先生が書き下ろした楽曲。
このドラマ「今日は会社休みます。」は元々の原作が漫画なんですよね。
私は、その漫画も全巻揃っておりますし、当時のドラマも観ておりました。
福士蒼汰さんと綾瀬はるかさんが主演でした。
 
観た人ならもう十分お分かりいただけるかと思いますが…
 
 
 
 
 
槇原敬之 天才よな?
 
 
 
 
 
こ、これは決していつものやーつじゃないんですよっ!!(あたふた)
 
この「今日は会社休みます。」のストーリーを知っているならば
例え非マキハラ派の人々でも必ずや思うはず!!
 
 
 
 
槇原敬之やっぱり天才だったんだな?
 
 
 
 
大事なことなので2回言いますよ。
だってね、ストーリーそのまんまが歌になってるんですよ。
 
要するに、物語はなんやかんやとありますけども、
この「今日は会社休みます。」の物語を要約したのが、この「Fall」なんですよ。
さすがマキハラ先生がドラマのために書き下ろしただけあります、そのまんまなのっ!!信じてくれ!
いや別に誰も信じない、などと言ってはいないんだがね…●
 
それくらい、忠実にストーリーになっている歌詞の流れなんです。
 
でも、ちょっとやそっとの槇原敬之ではないので(ちょっとやそっとの槇原敬之とは…?)
歌のストーリーは原作に忠実なんですけど、言葉のチョイスなどは「槇原敬之」なんですよね。
そこが恐ろしいところで、天才の名を欲しいままにしている覇王の風格なのですっ!!(ほめ過ぎですか?●)
 
ということで、そのような神歌詞をさっそく引用いたします。
 
 
 
 
何時でも決まった事を 一人で淡々とこなす
人が絡まない分だけ 問題も起こらないけど
昨日と今日が知らずに 入れ替わってたとしても
気づけないような日々を 歴史と呼べず悩んでた
 
そんなとき君が現れて こっちへおいでと手を伸ばす
その手に一瞬触れただけで 世界が違って見えた
 
本当はこんなタイミング 待ってたのかもしれない
見たこともない世界へ 誰かと落ちるその時を
恋の1つも知らないで 一生を終わるなんていやだ!
心の叫ぶ声に耳を塞ぐ手をどければ IT’S TIME TO FALL!
 
 
 
 
傷つけたり傷ついたり 我慢したりこじれたり
人が絡めば問題も 起こったりもするけれど
 
誰かといる事でしか 見えないものがあるなら
その相手は君しかいない 握った手を離さない
 
本当はこんなタイミング 待ってたのかもしれない
見たこともない世界へ 誰かと落ちるその時を
まだ眠る顔を見ながら 会社に入れた初めての 
ずる休みの電話から君と落ちてく IT'S TIME TO FALL!
 
 
 
罪悪感飲み込むほどの 切なさでついた嘘が
絶対変わらないと思ってた この自分を変えていく
 
 
本当はこんなタイミング 待ってたのかもしれない
見たこともない世界へ 誰かと落ちるその時を
恋も知らず終わるなんて いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!
心の叫ぶ声に耳を塞ぐ手をどければ 3・2・1 FALL!
 
 
 
 
 
歌詞を引用しておいて何なんですが…
 
 
まずはイントロからのアレンジを聴いていただきたいっ!!
 
 
開始イントロ15秒!!
 
 
聴いてくれ!!
もうこれだけで「はい天才ー!」って分かるやつだからね。
 
 
この「Fall」は、
”恋を知らない女性が恋を知り新しい世界に落ちていく”という原作の流れがあってこそ。
そして「Fall in Love」というタイトルにしなかったのは、
マキハラ先生自身が
「新しい世界を知り新たな人と知り合って触れ合うことは不安や面倒なことがつきものだから」
という考えがあってのことだと、その当時話されておりましたよね。
 
 
え?ちょっと待ってくれ…
この流れ、、、どこかで聞いたな、そうです!「うるさくて愛おしいこの世界に」ですね…
やや世界観が似ているということになるのか???全く曲調も歌詞の流れも異なりますけどね。
どこかで何かが繋がっているというのがマキハラ先生の歌の素晴らしいところでもありますよね^^
 
 
そうなんですよ、、、
恋に落ちていく、という心情をこのイントロ15秒で表現しているんですよっ!!
 
 
開始5秒くらいは聴こえるか聴こえないかくらいの音なので、
ここで音量を上げてしまうと耳が壊れてしまうため非マキハラ派の皆様は注意!ですよ。
 
 
胸の鼓動の高鳴りが徐々に大きくなっていく
走り出した恋が徐々に自分の方向(内面へ)へ近づいてく感じ
自分にとっての新しい世界がどんどん近づいてくる
 
↑↑↑
そのような状況をこのイントロ15秒で表現しているんですよ。
 
 
 
もう天才以外の何者でもないが?
仙人か???(爆)
 
 
 
イントロ以外も、1→2コーラス部の間奏とかでもこの表現は顕在しております。
 
 
 
ということで、歌が始まる前の段階でこれは「神曲」決定しているのです、はい。
 
 
ここでやっとこさ、歌詞いきたいと思います。
まずは1コーラスAメロ。
 
この曲には「僕」は登場しません、終始「君」。
でも歌は「一人称」目線で歌われております、、、僕なのか私なのか、我々なのか…自分か。
そうです、ドラマでは主人公は私、、、なんですけども。
この「Fall」では言及していないんです、そこがまたよろしい。
 
これまでの自分を振り返っており、何の代わり映えのない日々を過ごした自分。
 
 
昨日と今日が知らずに入れ替わってたとしても
気づけないような日々を歴史と呼べず悩んでた
 
 
この歌詞ね、、、唸るぞおい。
毎日が同じことの繰り返し、、、あまりに平凡な毎日を過ごしているという表現を
こんなにもドラマティックに且つ、的確に表現できる日本人がいるだなんて信じられません!!
 
そんな日々が、自分の歴史となって重なっていくことに嫌気がさしていた自分。
でも自分自身ではどうすることもできなかった…
 
 
そこからのBメロ。
 
そんな日々を送っていた毎日から、抜け出させてくれた君。
とてもとても甘い蜜の味がするけど、でもその中には「不安や葛藤」が読み取れる表現。しびれます。
 
そしてサビで、完全にその世界に落ちてしまった自分自身。
この時を実は待っていたかもしれない?
自分ではどうすることもできなかった毎日に彩りを与えてくれる存在、、、
甘い蜜に誘われて、どんどんその世界へ落ちていきます。
 
 
何かね、ただの「恋に落ちた」の一言だけでは、表現しきれないたくさんの想いが入り混じる歌詞ですよね。
果たして、落ちたその先は天国か地獄なのか…
 
曲タイトルを「Fall in Love」ではなくて「Fall」としたマキハラ先生の意図が、
歌詞にめちゃんこと散りばめられているような気がして、天才みが溢れています。
ただの「あははおほほ」的な感じではなくて(どんな感じよ?●爆)
 
こんな世界に憧れていた自分もいるんだけど、まだまだ不安の方が強いこと。
平凡な日々を送っていた世界だったのに、他者と深いところまで関わることで見えてくる面倒さ。
でもそんな心の声たちには一旦耳を塞ぎ、覚悟を決めた自分がいて…という1コーラス終わり。
 
 
 
そして2コーラスです。
1コーラスAメロでは「人が絡まない分だけ問題も起こらないけど」と歌っておりましたが、
2コーラスAメロでは「人が絡めば問題も起こったりするけど」へ変化しておりますね。
 
自分自身が、その世界へ足を踏み入れたことで起こる変化。
でもBメロで、
 
でもそんなわずらわしさや面倒くささも、君とならば…という思いへ変わっておりますね。
そして、「ずる休みの電話を初めて会社に入れる自分」という新しい世界へずっぽりハマっていく流れ。
 
 
そしてCメロです。
 
 
罪悪感飲み込むほどの 切なさでついた嘘が
絶対変わらないと思ってたこの自分を変えていく
 
 
自分は何があっても、この先一生このままなんだと思い込んでいた。
一人の人間の存在で、こんなにも変わっていける自分に驚いているといったところでしょうか。
 
そこからの大サビで、
 
恋を知らず終わるなんて
いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!
 
↑↑↑
「いやだ!」の4連発、、、これは聴き手にも結構なインパクトを与えますよね。
 
もう何もかもどうでも良くなった印象も受けますが、
でもこれが自分自身の本当の姿なのかもしれない、、、
冷静に物事を見てきた人物が、たった一人の出現によってこんなにも変化していく様、、、
 
まるでドラッグのようにも感じますが、
マキハラ先生の曲解説の中でこの単語は相応しくないとも思いますのでやめます●
 
 
ただ、今までの自分が仮の姿で、本当の姿はここにあったのかもしれない?という思いも。
その機会を虎視眈々と狙って待ち構えていたのかもしれない?とも思うと、
自分ではなく、実は君が罠(?)のようなものにハマってしまった?可能性も考えられ…
 
この曲は一人称の自分目線で進んでいきますけど、
二人称である君目線だと、どのような感じになるんだろう?っていつも思います。
 
 
 
そして、ドラマのための書き下ろしだから、ということもありますが、
いつもの「僕-君」の関係ではない、歌詞の流れに新鮮さと、当時確かな違和感も覚える1曲でもあります。
もちろん、良い意味で!ですけどね…
その違和感の正体が、今回曲解説を書くことで、スッキリしたような気がしてます^^
 
 
そして、最後に言えることは、
ドラマ制作者側の意図を的確に読み取り、それを神曲へとアウトプットされた槇原敬之氏。
でも、一辺倒ではなくてその中にもしっかり「マキハラ節」は感じさせながらも、
音やメロディ、さらにアレンジで「新しい世界(恋)へ落ちる人」を表現したのか、と思うと…
 
 
 
 
 
おいおい天才すぎるだろ?(怒)
 
 
 
 
 
って、いつものように悪態つきたくなるんですよ、もう勘弁してくれ天才よ。
 
 
最後に、、、この曲シングルなのでMVも作成されております。

もうね、、、秀逸、天才すぎるので、そちらも観てもらえれば、と思います。

 

そして、当時マキ友さんとライブにて出会って開口「どの"いやだ!"が好きですか?」で盛り上がった記憶…
私は2番目、そのマキ友さんは4番目…もう1人は「HENTAIだ…」と、呆れておりました🤣そんな思い出の神曲「Fall」聴いてくれ!!

 

 

Fall

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#181 悲しみは悲しみのままで

3月ーーーーーーっ!!
あ、突然申し訳ありませぬ。
やらなければならないことが一つ一つ着実に消化されております。
 
直近では、800字程度の小論文を書かなければならなかったのですが、、、
普段このブログでツラツラと書いておりますので、
「文章を書く」ということにあまり抵抗がないワタクシたんぽぽ毛です。
 
ただ、推し事(ブログ)とお仕事は別物ですものね…爆
 
最初、何の気なしに書き始めて気付いたら5000文字近く書いておりました。
こりゃアカン!!ということで、再考し結果788文字でフィニッシュ。自画自賛です。
いやね、たまにこのブログの前置きだけで800文字くらいいってることありますよね?
引くわー、、、
 
 
ということで、大物案件は一段落つきましたが、
まだまだ年度末です、細かい案件が残っております、ボチボチいきたいと思います。
 
 
 
3月に入りましてね、、、ついに槇原敬之氏のツアー皮切りまで2週間きりましたね?
初日公演に参加される方々は、もう席が分かっている頃ですよね。
どうかどうか、このブログを読んでくださっているマニア様に良席をばっ!!
 
 
 
座席の神様頼みますっ!!(爆) 誰ですかね?
 
 
 
貴重な時間を使ってこのようなブログを読んでくださっているマニア様に少しでも神のご加護が…(祈り)
私は、マキハラ先生のライブの前に、
今週末は実家帰省し「スキマスイッチ」のライブに参加してきますっ!!(佐渡島にて)
まさかまさかの佐渡島にスキマスイッチ兄さんたちが来島してくれるとのことで、
これは行かねばっ!!ということで、コソッと行ってまいります。
 
いつかマキハラ先生も佐渡島でライブしてくれないでしょうかね、淡い期待、、、
 
ということで、マキハラ先生のBESTアルバム「Showcase!」を引っ提げてのツアー。
現在たんぽぽ毛は「Showcase!」強化月間(?)、残すところ4曲です。
 
 
そんな本日は、、、
 
 
 
 
 
『悲しみは悲しみのままで』
 
 作詞作曲編曲:槇原敬之
 
 
2021年10月27日に発売された通算23枚目のオリジナルアルバム「宜候」に収録されています。
2020年に二度目のディープインパクト●がありまして…
その後の個人的自粛期間を経ての、復活アルバムです。
復活へのファンファーレ、アルバム発表は2021年9月1日だったかと思います(FC内でのみ)
 
あの衝撃波がすごかったことを覚えております。
私は、あの時の出来事を”2021秋のマキハラの陣”と呼んでいます(ウソです●)
約1年半の時間、世間的には時期尚早ではないか?などの声もあったかと思います。
二度目、、、という重い枷がマキハラ先生にのしかかっていたことも十分理解できます。
そんな中での決断の船出、、、
あぁ(涙)、今思い出しても泣けてくるからその当時のブログ記事貼っておきます(相変わらずの宣伝●)
 
 
 
 
 
いつもの貼り逃げですのでご了承ください(お時間あればどうぞ●爆)
2000年「太陽」もそうですが、
2021年「宜候」に関しても、何だか特別な立ち位置のアルバムのように感じます。
これは私が勝手に感じているだけかもしれないですけどね。
 
そして、そんな「宜候」に収録されている本日の1曲「悲しみは悲しみのままで」です。
この曲はね、正直「Showcase!」に収録されていなければ、解説はもっと後になっていたはず。
 
え?ナゼかって???
 
 
 
泣いちゃうんだもん…(涙) (だもんって…)
 
 
 
きっとマニアの皆様も同じ想いだと思っていますよ。
 
マキハラ先生、これまでに「死」をテーマにした曲は何曲かあります。
ただ、いずれもダイレクトなものは少ないような気がします。
あ、「Hey...」は割と直接的かもしれませんね。
これまで、愛犬や友人へ弔いの想いで書かれた曲というのは存在しております。
 
この「悲しみは悲しみのままで」もそうです。
 
まずは、聴いちゃうと必ず泣いてしまい最後まで穏やかでいられない歌詞を引用いたします。
 
 
 
 
 
君が今どこに居て 幸せにしているのか
何も変わらず心配してる そばに居ても居なくても
例え憎まれ口でも 返事が返ってきた
あの頃がどんなに幸せだったか 今頃気づく
 
してやれる事をしても 後悔は必ず来る
好きだったものを供えた 祭壇に線香の煙  
 
悲しみは悲しみのままで 胸に抱いて歩く方が
君と一緒に歩いている 気持ちになれるのかな
 
 
 
君が今どこに居て 幸せにしているのか
何も変わらず心配してる そばに居ても居なくても
僕の居ない間に君が 旅立ったその理由は
最後に見る僕の顔を 笑顔にしたかったのかな
 
ラジオから流れる歌  君も好きだった曲
そんな些細な事だけで 分かりあえる事もあるから
 
同じ悲しみを抱えている 孤独な誰かがもし居たら
その気持ちを知っていると 言ってあげたいと今は思う
 
 
悲しみは悲しみのままで 胸に抱いて歩く方が
君と一緒に歩いている 気持ちになれると知ったから
 
君と同じ名前がついた 悲しみと歩いて行こう
 
 
 
 
あああああぁぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁ(嗚咽)
 
全体の世界観はワタクシの宇宙一大好きな神曲「Such a Lovely Place」に近いものがあるかと思います。
SLPに関しては、だいぶ婉曲的表現ではありますが、あちらの曲も友人への想いが溢れています。
 
 
大切な人の死、、、
いや、人でなくても動物やペットなどもそうです。
 
 
自分の身近にいつもいた存在、
直接頻繁に会うことができないような関係だったとしても心はすごく近い場所にある存在。
それがある時、フッと自分の世界からいなくなってしまう。
 
でも、それは今自分自身の生きている世界からいなくなっただけであって、、、
そのタマシイや想いは決してなくなるわけではなくて、人々の心の中に残る。
そして場所は違えど、どこかできっと幸せに過ごしているはずだ、、、という優しい思い。
 
 
本日は、厳かな雰囲気もあり自粛しようと思いましたが、私の中のワタクシがどうしても我慢できません。
 
 
 
 
槇原敬之め、、、
優しすぎるんだよっ!!(涙)
 
 
 
 
今回は、これに尽きるんだよぉ(涙)
 
アルバム発売前に、マキハラ先生自身の解説にてこの曲を話されておりました。
 
 
実生活で仲の良かった方が亡くなってしまった。
いつでも会えると思っていたのにそれが会えなくなるのはとても辛いことだが、
シンガーソングライターとして自分自身が考えること、”残された人の歌ってないな”ということ。
最愛の人を亡くした人の気持ちを歌った曲であるということ、そしてそんな曲を作りたいと思って作った。
 
人間は悲しみがあると、その悲しみが違う形になるように(思いが昇華していく?)と願いがち
悲しみは悲しみでその人からもらったものだから
「悲しみは悲しみのままで」そのまま取っておいた方が、その人の思い出になるんじゃないかな
悲しみさえもその人だと思って愛おしく思ってもらえば、、、という気持ちで作った
 
 
 
多少表現は異なるところはあるかもしれないですが、上記のように話されていました。
その後のツアーにてこの曲を歌う際にも、同様にMCされていますよね。
 
「人が亡くなる」ということを特別なものとして捉えて、囚われてしまうのではなくて、
その悲しみを日常にスっと取り入れることで、この世界には実在しなくても、
その人の想いと共に一緒に生き続ける、というマキハラ先生の思い。
MCでは自転車のカゴとかそんなこと言っておりましたけど、あくまでそれは一つの例えで。
 
 
会いたくても、実際に会うことのできない思い。
心がギューっと潰されそうになるほどの後悔も生まれますよね。
 
もっと〇〇したかった、、、その思いって恐らく無尽蔵に溢れてきますよね。
どこまで自分はやれたから満足、ではなくて。
誰だって後悔は残るもの、、、その想いが大切であってその人にとっての弔いの気持ちになるということ。
 
 
1コーラスBメロの歌詞に「祭壇に線香の煙」のフレーズ。
 
 
初めて聴いた時は、心臓えぐられました。
こんなにも直接的な表現をする槇原敬之に驚きもしましたし、
マキハラ先生のライフスタイルの変化や周囲の環境の変化など。
この35年で人間の厚みと共に、生み出され紡がれていく言葉にも変化が見えてくる。
 
何だかそんな些細な変化(語弊があるかもしれませんが)にもグっときた記憶があるのです。
 
 
2コーラスAメロ後半
 
 
僕の居ない間に君が 旅立ったその理由は
最後に見る僕の顔を 笑顔にしたかったのかな
 
 
↑↑↑
この歌詞さぁ、、、めちゃくちゃ槇原敬之ですよね???
こんな風に考えられるマキハラ先生が私がものすごく尊い存在に思えるんです。
決して相手を攻めているわけでもなく、自分自身を攻めているわけでもない。
 
もう優しさのカタマリすぎて(涙)
お互いがお互いを思い合う気持ちというのが伝わってきて我慢するけどここで涙腺決壊するのよ…
 
そこから続く2コーラスBメロでさらにダムのように流れ出る涙。
 
ラジオから君が好きだった歌が流れる、、、
そんな日常的な情景の中で、君に想いを馳せ今住んでいるであろうどこかでのことを心配する。
音楽は世代や時代を超えて相手を自分を繋ぐ架け橋となるということ。
何かのキッカケである人のことを思い出すトリガーとなるそれがラジオから流れる歌だった。
 
僕の中に、そして僕の生活の中に
「変わらない君」がずっと生きているという証拠。
 
 
そして2コーラスのサビ、、、
 
 
同じ悲しみを抱えている 孤独な誰かがもし居たら
その気持ちを知っていると 言ってあげたいと今は思う
 
 
神曲「FireFly~僕は生きていく」に
歌の世界観は少し異なるかもしれませんが通ずるものがありますね。
 
 
大切な人を亡くした人を慰めるわけでもなく、励ますでもなく、、、
 
ただただ寄り添う気持ち、、、
全く同じ想いを分かってあげることはできないかもしれないけど、
その気持ちは自分自身も知っている悲しみなんだよ、と優しく諭すような。
 
人間は、共感してもらえることがどれだけ大きな力になるのか…
たくさんの言葉いらないのですよね、心に寄り添う、、、それが一番難しかったりします。
同じ人間ではないのだから、その人の想いの閾値やましてや環境も異なることがほとんど。
でもそこで諦めてしまうのではなく、寄り添うことがとても大切であるとこの歌は教えてくれるのですね。
 
 
 
そして、悲しんで悲しんで悲しみに暮れることは悪いことじゃない、
その気持ちを時間と共に昇華するのではなくて、いつまでも一緒に持って歩いていければいい。
無理に自分の気持ちを変えさせる必要などなくて、
「悲しみは悲しみのままでいいんだよ」とマキハラ先生からの最大限の優しさ、、、
 
 
 
 
 
泣くが……(嗚咽)
 
 
 
 
 
 
そして、ラストでは
 
君と同じ名前がついた 悲しみと歩いて行こう
 
その悲しみに名前をつける。
これも THE 槇原敬之 でしんどいです。幸せのしんどさです。
 
その人から受け取った全てのものを敬い、そして自分自身の中で大切に育てていく。
無理に忘れる必要なんてなくて、時には後悔したり会いたくなって悲しくなってしまうけど、
それでも今を生きる自分とその人への想いと一緒に過ごしていく…それが僕自身にできること。
 
 
 
聴くと泣いてしまうので、そんなに
頻回には聴かない一曲ではあったのですが(マキハラ先生ごめんなさいよ●)、今回改めて聴かせていただき
 
 
 
槇原敬之の優しさに溶けそうになってしまう自分がおる…(どうしてくれるんだマキハラ先生め●)
 
 
 
「死」ということは、自分も含めて生きている限り避けられないことであります。
過去にも色々なところで私もその想いを書いてきておりますが…
 
今でも私の心に残る患者様のお話を最後に書かせてもらいたいと思います。
 
その当時私の担当だった患者さん。
初診は小学4年生(女の子)でした。
病名は脳腫瘍、しかも手術では摘出できない脳幹部の腫瘍。
私のリハビリに初めて来た時はまだまだお話もできて歩けていました。
早く学校に戻りたいんだよね、って笑顔で話しをしてくれていて…
それがほんの数か月で話すことも歩くことも難しくなりました。
 
お母様が毎日病室に付き添っておられて、、、
発語はできなくなっても、それで言語リハは終わりではありませんので、
聴覚は割と最後まで残る機能とは言われているので、
マッサージしながら一緒に話しかけたりと、リハビリの時間を過ごしていました。
 
家族には余命宣告されており、反応も徐々に少なくなってきた頃。
そのお母様が、
 
「まだこんなに小さいから将来のこととか、あれしたりこれしたり、
 色々やってあげたかったなぁ、という思いはありますけど…
 
 もっともっとこの子とたくさん話がしたかったな、って思います。
 この子がどういう気持ちでいるのかとか、どんなことを考えていたのかとか
 どんな些細なことでもいいから、もっと話がしたかった…」
 
と話をされたんですね。
 
何というか、私はその時にまるで雷に打たれたような何とも言えない気持ちになって、、、
母として子どものことを理解しているつもりでも決してそうではなく、
子どもには子どもの世界があり、ちゃんとした気持ちがあり。
普段話しているようでも、それが全てではないんだ、ということをしっかり理解されているお母さまだったなぁ、と。
 
結局、初診から約10ヵ月でその子は旅立ってしまいました。
お母様はその後部署は異なりますが、私の働いている職場に就職されました。
その時はわざわざ挨拶に来られて、縁があってこちらで働くことになったこと。
娘が最期を迎えたこの場所で私も、色々な患者さんを見ながら過ごしたい、と気丈に話されていました。
 
 
いやもうね、、、
私も同じ娘を持つ親の立場、そしてリハビリをする医療者としての立場、、、
もう敬愛の念しかなかったです、
何も言えず泣きながら握手をしたことを今でも思い出して目頭が熱くなります。
そのお母様とは部署は違えど今も週に何度かお見掛けしては、
あの時のお母様の言葉と、担当だったその子のことを思い出します。
 
すごく悲しい、悲しいことなんだけど未熟な私に大切なことを教えてくれた二人には今も最大限に感謝しています。
そのお母様の悲しみは私には図りしれないこと。
でもその「悲しみ」の想いとその子への想いを一緒に今も頑張って過ごしておられるということ。
「もっとたくさん色々な話がしたかった」というあの時のお母様の言葉は、
今も私の胸に刻まれているので、私も娘とくだらないことでもいい、たくさん話をしよう、って思えるのです。
 
 
 
最後は、少し曲解説とは逸れてしまいましたが、
大切なことは何か?を、いつも我々マニアに教えてくれる槇原敬之が本日も尊いのであります。
 
悲しみは悲しみのままで

悲しみは悲しみのままで

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#180 Love & Peace Inside?

毎年、暗黒の年度末期ですが今年もそれは変わりません。
 
あと1ヵ月ほどで落ち着くだろうか?などと思っておりますが、
新年度からは新たな問題も浮上してくるでしょうしね…
心の平安/平穏に過ごせる日は来るのだろうか…(涙
 
それには推し活!などと思っておりますが、なかなかそちらも進みませぬ●
 
3月15日から始まる槇原敬之氏の2025年のツアー。
もう3週間切りましたね?早いですね?
今回のツアーでは初日参戦は見送ったわけですが、ファイナルには行く予定です。
長いツアーにおいてのファイナル参戦に関しては
一度2018年にチャンスがありましたが、自分自身の体調不良で泣く泣く欠席しました、、、
 
今回は行けるだろうかな?
まだまだ先のことは分からないですけど、とりあえず今月のクレジット請求額が恐ろしいのですよ。
私は今期のツアーは今のところ5公演参加予定です。
そのチケット代、各種公共交通機関代金、宿泊ホテル代金、グッズ代金など諸々が一気に重なってしまいました。
例のごとく、夫にはまだ何も告げていないため、今月の請求額を見て驚いておりました●
(私のクレジットの引き落とし先は夫の口座なのですぐにバレる。苦笑)
 
「ちょっと春/夏の催し物へ…」
 
なんて、誤魔化しましたが、、、あれはたぶん気付いておるな?爆
 
 
ということで、水面下で着々と春/夏の催し物へ参加する準備を進めているたんぽぽ毛です。
それが唯一の心の精神衛生を保てる方法なのよね(涙)
 
 
今週、職場の看護師さん向けにセミナー勉強会を予定しているのですが、
その資料が全くできていなかったのですが、昨晩ほぼ徹夜で作りました!!爆
パワーポイント79枚だって、、、アホなのか?そんな大量の資料を誰が読むんだ?って感じですが。
伝えたいことがありすぎてね、少しでも日々の業務に役立ててもらいたいという想いです。
 
そちらが一段落つきましたゆえ、
本日は素晴らしき槇原敬之の世界を愛でようと思います^^
 
”ShowCase!強化月間”と名付けて、
ライブ開始までにBESTアルバムの曲は解説終わらせたいという思いです。
そんな本日は、、、
 
 
 
 
 
 
『Love & Peace Inside?』
 作詞作曲編曲:槇原敬之
 
 
2022年3月2日に発売された、セルフカバーアルバム「Bespoke」に収録されています。
元々は、2010年7月21日に発売されたSMAPの19枚目のアルバム「We are SMAP!」に収録されていました。
マキハラ先生がセルフカバーして2022年に再度世に放たれた神曲でございます^^
 
SMAPと言えば、マキハラ先生は2002年に「世界に一つだけの花」を提供しております。
後に平成を揺るがすことになったこの神曲、、、
それ以来のSMAPさんへの曲提供でしたね。
ちなみに、SMAPさんはこのアルバム発売の1ヵ月後に発売された「This is love」というシングル曲の
カップリングにこの「Love & Peace Inside?」を収録してくれています。
アルバム「We are SMAP!」自体は錚々たるアーティスト達が楽曲提供をしています。
その中でも、このマキハラ先生の提供曲を改めてカップリングとして収録してくれるなんて…
当時の注目度の高さが伺えます。
 
過去のSMAPさんの映像で、この「Love & Peace Inside ?」を歌っているものがたくさん観ることができます。
普段、あまりマキハラ先生の提供曲を聴くことは少ない私(あ●)ですが、
この曲は当時SMAPさんがたくさん歌ってくれていたことを記憶しております。
一緒に番組にも出演したりなどしていたかと思います^^
 
 
そして、晴れて12年の時を経て「Bespoke」でセルフカバー。
マキハラ先生の声で聴くLPI(略しています●)も、SMAPさんの声で聴くLPIも最高です。
 
一重に「歌の持つ力強さ」というのを感じることのできる神曲です。
 
いつものように歌詞を引用いたしますよ。
 
 
 
 
みんなが平和をこんなにも 望んでいるというのに
どうして争いは続くのと 話していたすぐその後で
些細な事でけんかを始めて 口も利かないでいるなんて
平和を望んでいる様には とても見えないだろう
 
僕らの心とこの世界は まるで同じだと気付いた
争い絶えない心がそのまま 争い絶えない世界として映るのなら
 
自分の心が変わればきっと 同じ様に世界も変わるはず
思いも寄らない方法で 世界は変えられるんだ
些細な事で争い合ったりしない 自分に変わるために
心の中にいつも 問いかけ続けよう ”Love & Peace Inside?”
 
 
 
 
 
互いの大事に思うものを ちゃんと認め合えた時
君と一緒に見た夕焼け空は 本当に美しく見えたんだ
自分を通すその為なら 君の笑顔さえ奪えるような
僕だと気付いた帰り道は 月が凍り付いて見えた
 
床に脱ぎ捨てたT-Shirtに Love & Peace の文字
どんな時でも愛と平和は 気分で脱いだり着たりしちゃだめなんだ
 
自分の心が変わればきっと 同じ様に世界も変わるはず
思いも寄らない方法で 世界は変えられるんだ
些細な事で争い合ったりしない 自分に変わるために
心の中にいつも 問いかけ続けよう ”Love & Peace Inside?”
 
※サビ部分は、1/2コーラス、そして大サビと同じ歌詞が続いております。
 
 
 
 
 
さて、SMAPさんへの提供曲ですので、
恐らく非マキハラ派の人々も聴いたことがある1曲なのではないでしょうか。
 
そして、、、お気付きでしょうか?
こちらの初出は2010年です、今から15年前でございます。
 
世界情勢などは今とはまた異なる時代でございますよ。
ただ、世界各地で大きな紛争は常に起こっている状況ははるか昔から変わらないのであります。
 
 
 
この曲のテーマは 世界平和。。。
 
 
 
一言で言ってしまうとそうなのかもしれませんが、
天才槇原敬之の日常のキリトリの情景も垣間見ることができます。
 
 
 
何度も言いますが、初出はSMAPさんへの提供曲。
私は、特にSMAPマニアではありませんが、青春ドストライク世代ではあります。
どんなに嵐さんや、今娘が大好きなSnowManさんが素晴らしいグループで功績を残していたとしても。
今、何やかんやと世間で色々と騒がれているとしても…
 
私は、SMAPの歌うこの「Love & Peace Inside?」が
めっっっっちゃ好き!!
 
この曲の作者はマキハラ先生なんですけど、
そして「Bespoke」ではマキハラ先生自身が歌っておりますが、、、
 
シンガーソングライター槇原敬之が当時のSMAP5人のために大切に作った曲。
提供曲を作る時は相手のキーに合わせて作ると話されていたマキハラ先生。
作る相手の立場や環境、5人それぞれの顔を思い浮かべて書いたんだろうなぁ、という歌詞。
 
いわば、SMAP5人に自分の想いを託したわけなんですよね?
1コーラスAメロの歌い出しは、確か香取慎吾さんだったかと思いますが、
もうそこから泣けて泣けてしょうがないのですよね。。。
 
 
何で今SMAPはこの世界にいないんだろう?ってファンじゃない私でも悲しくなるほどです。
セルフカバーアルバム「Bespoke」って、
作詞作曲槇原敬之、歌っているのも槇原敬之なんですけど、、、
 
 
槇原敬之じゃないんですよね?
 
 
ちょっと、言い方語弊がありますけども
自分自身が歌うために作られた曲たちではないので、どこか良い意味での違和感があるんですよね。
それが悪いとか良いとか言っているのではなくて、それがすごく腑に落ちないような感じで腑に落ちる…
(ちょっと何言ってるか分からないかもしれませんけども●爆)
 
「Bespoke」全体を通して流れている違和感というのが改めて「天才 槇原敬之」を露呈している形ですよね。
 
 
 
…え?槇原敬之天才じゃね???
 
 
 
↑↑↑
結局これに尽きるのですが…
 
 
先ほど、日常のキリトリなどと書きましたが。
この歌の歌詞のシチュエーションがすぐそばで起こっているかのような錯覚。
 
まず1コーラス。
 
TVやネットなどのメディアから流れてくる様々な情報。
どこどこの国と国が戦争をしています。
どこの国内で内争が起こっています。
人類の歴史を紐解いていくと、恐らく人類は戦いが絶えない状態だったと思います。
そして、私が今住んでいる日本は、ほんの80年ほど前までは戦争に加担していた国でもありました。
 
今の平和なこの状況を考えると信じられないくらい私はのん気なんだと思います。
それはだってしょうがない、経験値がないのだから。
でも様々な資料や実際に戦争体験をした人々から話を聞くことで、
それがどんなにむごいものだったかというのは容易に想像できますよね。
 
TVに映し出される映像はどこか他人事。
 
それはそれで幸せなことではあるんですが、
この地球のどこかで苦しんでいる人々がいる、という真実。
争いごとは良くない、できれば戦争もしない方がいい、でもこの世界からは争いごとは無くならない…
 
誰もが、のほほんと優雅にのんびりと暮らせる世界があればいいのに、と願ってやまないですが。
 
例えば同じ血の繋がった家族でも、時には喧嘩をしたり、いがみ合ったりしてしまいます。
ましてや、言葉も異なれば、人種も価値観も異なる人々がどのようにしたら…
これ以上は私のキャパでは思考の限界がありますゆえ、やめておきますが。
 
どうしても分かり合えないことは出てくる。
それは一人一人が違った個人だから…それはしょうがない。
 
 
マクロな視点で考えてしまうと、どうしても無理があるこの世界。
まずは身近なことから、、、
それが個々人における考え方の変容。
 
ほんの少しの努力、、、
自分はこういう時どうするかな?自分がされたらどうかな?仲良くいたいなという思い。
この歌のテーマは「世界平和」ではありますが、
マキハラ先生は決してそんな大きなことを言っているわけではなく、
 
自分自身の心に問い続けよう!
 
と、優しく説いてくれています。
一人ずつが変化すれば、そのまま平和な世界になるのではないだろうか!!
 
時には、どう考えたって同じ人間なのか?と思うような人もいたり、
価値観や、それこそ国や言語が違えば、全く正反対の意味を持つことだってあると思います。
それでもそんな人にだってきっと家族や大切な存在がいるはずなんですよね。
 
完全に分かり合えるのは難しいけど、
でもだからと言って何もできずにただ佇んでいるだけではなく今の自分にもできることはきっとあるはず。
 
 
荒唐無稽なことを言っているわけではなく、
価値観が例え異なったとしても、自分自身の信念というか芯の部分は同じ人間であるから…
という希望も伺える歌詞の流れですよね、、、
 
いや世界平和なんて無理無理、なんて思う人もいれば。
無理だって分かってるけど、その第一歩を踏み出さないことには何も変わらないよ、って、
そのことが分かっている人では全然違うと思うんですよね。
この曲では「世界平和」を訴えながらの、自分自身の心に問いかけ続ける一曲なんですね。
 
 
 
 
そして、神歌詞の2コーラス。
 
 
 
 
震えるよね???
 
 
 
 
私はもうこの2コーラスの歌詞が、神聖すぎるというか神すぎて聴くたび背筋が伸びるんです。
 
これぞ槇原敬之。
僕と君、互いに尊重しあう仲でありたいと思う僕。
相手の好きなもの、自分がそうでなくても認め合うことができる関係。
そして、そんな二人の関係性がきっと僕の心理面にも影響していて。
互いが互いを認め合えた時に二人で見た夕焼け空は本当に美しかったと…
 
でも、
そうではない。
自分の意見を押し通す、そして相手の声や心に寄り添うことができなかった日。
でも、救いは僕は気付いているんですよね、それが「過ち」であることに…
それがそのまま空に浮かぶ月に投影されているという天才な流れ。
 
 
自分を通すその為なら 君の笑顔さえ奪えるような
僕だと気付いた帰り道は 月が凍り付いて見えた
 
 
この歌詞、、、鳥肌立ちません?
槇原敬之の中にある、温かい部分とほんの少しの冷たい部分。
この場合は温度のようなものだと思ってもらいたいんですけど。
決してマキハラ先生が冷たい人間だ、という意味ではないですよ。
 
人間誰しも心の奥のそのまた奥に隠れているような負の想いってあるじゃないですか。
 
それを出さない人だってもちろんいるし、でも全く無い人なんていないと思うんですよね。
 
その自分の心の在り方を、まずは正の部分で出して次に負の部分で投げかける。
空に浮かぶ「月」はきっと変わらず同じように輝いているんだと思います。
でも、それを映す人間の心の変化で、如何様にも感じ方は変化していくのだということ。
 
「月が凍り付いて見えた」、、、僕にはそう見えたということ。
 
 
この緩急というか、正から負への心情の変化というか、、、さすがじゃね???
 
 
 
ねぇ、我々の槇原敬之さすがすぎませんか?
 
 
 
 
そしてそこからの2コーラスBメロへ。
 
床に脱ぎ捨てたT-Shirtに 
Love & Peace の文字
どんな時でも愛と平和は 
気分で脱いだり着たりしちゃだめなんだ
 
これですよ。
脱ぎ捨てたTシャツに自分自身の負の感情を投影しながら…
でもそこでハッと気づく、、、「Love & Peace」(愛と平和)の文字(←この流れ粋すぎませんか?)
 
決して自分の感情に流されてはいけないものに気付いた瞬間。
僕は気付いたわけですよね、マキハラ先生のいつもの流れ、歌の主人公僕の「気付き」
 
 
この流れが THE 槇原敬之 、、、
槇原敬之による槇原敬之の槇原敬之たる所以、、、(意味不明●)
 
 
 
 
一見「世界平和」を歌い紡いでいながら、
実は人間の心の奥の機微を繊細に歌いこんでいるとう、大天才な歌詞運び。
 
 
そして、それを自分ではなく当時のSMAPに贈った、そして想いを託したマキハラ先生。
 
 
 
 
 
何も言えねぇな…( ´ー`)フゥー...(なんか偉そう●)
 
 
 
 
 
そして、歌詞としてはとても分かりやすい。
子供が聴けば「世界平和」一人ひとりが心がけることとは?になり、
我々成熟した(?)大人が聴けば、心の奥底へ問い続けることとは?になり。
 
一見言いたいことは単純であって、実はそうではなく深い考察も可能な神曲。
 
 
 
 
そして、最後に。
この曲のイントロと「うるさくて愛おしいこの世界に」のイントロ…
 
 
似てない???
 
 
昨年のライブで初めて「うるさくて愛おしいこの世界に」を聴いた際に、
最初「あれ?これはLPIではないか?」と思った記憶が…
 
今回のBESTアルバムではこのLPIの次にうるさくてが続いているのでぜひとも聴き比べて欲しいのですが。
え?似てるよね?
そりゃもちろんコードとかキーは異なるかと思うのですが、曲調似てるんですよねぇ。
 

そんな違いなども楽しみながら聴いていただけるとまた違う角度からこの曲の良さを感じることができますね。

 

 

 

Love & Peace Inside?

Love & Peace Inside?

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#179 微妙なお年頃

ワタクシゴトですが、
先日COVID-19に感染しておりました。。。
 
まず娘が発症しましてね…
そしてそこから私も検査をしたところワタクシも陽性となりました。
幸い、高熱などは出ておらず呼吸器症状もそれほど酷くなかったのですが今現在も少し残っています。
 
療養期間中はちょうど1月下旬ころだったため、、、
先日のチケット問題に追い打ちをかけるように凹んでおりました。
(あれ?もうグチグチネチネチさんは辞める宣言したハズ…?)
 
年明け早々、、、これは今年一年を暗示しているのではないか?
今年は遠征は諦めた方がいいのではないか?
何かもっと大変なことが待ち受けているのではないか?
 
などなど、基本マイナス思考のたんぽぽ毛ですゆえ、色々と考えるわけです。
だからチケット当たらなかったのはそれはそれでよかったということなのか?などなど
時間だけはありますので、色々と負の方向へ思考が引っ張られるわけですね。
 
そして迎えましたチケット当落日。
ちょうどコロナでうなされている最中ですが確認だけはせねば!の気持ちで。
 
 
 
無事にお席のご用意をしていただけました。。。(歓喜っ)
 
 
 
何だかグチグチネチネチと書いてきた自分が恥ずかしい限りですが、
今回はチケット、無事に希望の場所に行けることになりそうです。。。色々なものにありがとうです。
 
ちなみに、実際のツアーは3月15日が皮切りですが、
ワタクシの今年の槇原敬之始めは、3月24日(大宮公演)となりそうです。
ということで、現在Showcase!強化月間(?)中のこのブログですゆえ、
3月24日までにあと6曲!という明確な目標が定まりました、おめでとうございます^^
 
 
 
ということで、本日は底抜けに明るい(?)名(迷)曲、、、
 
 
 
 
 
 
『微妙なお年頃』
 
作詞作曲編曲:槇原敬之
 
 
いやどうだろ、別に底抜けに明るいってわけでもなかったですか。
2019年2月13日に発売された22枚目のアルバム「Design & Reason」に収録されております。
 
いわゆるマキハラ先生のお戯れ曲(言い方に気をつけよう●)、、、
 
特に、この「Design & Reason」のアルバムは、
その制作過程からマキハラ先生は熱心にその当時のTwitter(現X)に投稿されておりました。
そんな中でタイトルのみが先に発表され「微妙なお年頃」???
 
あの頃、結構マニア様はザワついていた記憶があります。
タイトルだけ見てもどんな曲かも想像つかないぞ…これはどっちなんだ???トンチキ曲(言い方気をつけよう●)なのか?
 
 
そしてこの曲の全容が明らかとなった時に我々マニアは思いました、、、
 
 
 
 
 
槇原敬之はやはり天才だったな…
 
 
 
 
 
とね。
こっちで来たかーーーーーーーっ!
 
曲調は歌謡曲風味。
そして歌詞は、、、一体何が「微妙なお年頃」なのだ???と、ワクワクしながら聴いた記憶が。
そして、爆笑の渦に包まれる、、、うん、槇原敬之やはり天才(大事なことなので2回言います)
 
 
 
 
 
怖いよ すごく怖いよ
変わってしまう自分が怖いよ
今にも 消えてしまうそうな
恥じらいという特別な感情
怖いよ すごく怖いよ
変わってしまう自分が怖いよ
あれほど恥ずかしかったのに
どんな言葉も平気で言えるのが怖い
 
修学旅行のお風呂の時間
どちらかと言えば隠す派だったのに
 
突然銭湯にテレビの カメラが入っていても
隠す事さえ忘れそうな そんな微妙なお年頃
 
 
 
怖いよ とても怖いよ
変わってしまう自分が怖いよ
緩む まじで緩んでくる
いつからかどこもかしこも緩んでる
普通にグラスを口につけ
飲んでいるつもりなのに
入らない てゆっかこぼれちゃう
しかも少し経ってそれに気付く
 
まだ今は白糸の滝だとしても
予感している いつかナイアガラ
 
距離感がつかめてないのか
口のしまりが悪いのか
ちゃんと飲み物が届かない
そんな微妙なお年頃
 
 
修学旅行お風呂の時間
どちらかと言えば 隠す派だったのに
 
突然銭湯いテレビの カメラが入ってきても
隠す事さえ忘れそうな そんな微妙なお年頃
 
 
 
 
 
 
どうですか?非マキハラ派の人々よ、、、(そもそも非マキハラ派の人々はここは読まないな●爆)
度肝抜かれるとはこのことよね。
 
 
これぞ槇原敬之クオリティだぜ!!
 
 
1コーラスAメロ、、、
 
怖いよ怖いよと言い続ける推し、、、
え?どうしたのよ?と心配になるほどですよね。
ずっと怖い怖い言うとるんですよ?
 
変わっていってしまう自分が怖い 言うとります。
 
 
 
 
 
それは
 
 
恥じらい・・・
 
 
の気持ち、、、まさにソレです。
 
ちなみに、マキハラ先生確かこのアルバム発売当時は50歳という節目を迎えた時に
 
「老いを楽しむ」
 
という気持ちが芽生えてきた、と話されていましたよね。
 
 
年を重ねることで、
昔のような柔軟な考えにならなかったり、
ある程度の人生経験の上で固執した考えとなってしまう自分がいて。
そして同様に身体面のこともあれば、それは精神機能面にも影響してくるということで。
 
 
ただ、脳科学である認知機能の分野では、、、この認知機能は大きく二つに分けられているんです。
 
 
その前にまず、
 
【認知機能とは…?】
大脳で行われる記憶や思考、理解、判断などの知的機能の総称。
物事を判断したり、遂行したり、社会的な生活を送るために欠かせない機能全般のこと。
 
主に、記憶力、思考力、計算力、言語力、判断力、推理力など。
 
この認知機能が低下すると、日常生活に様々な影響を及ぼす。
認知機能の低下が特に著しく、日常生活に影響を及ぼしている状態が数か月(6か月)以上継続している状態を「認知症」と呼ぶ。
 
 
 
だいぶ堅苦しい言葉で書いてしまいましたが、上記がいわゆる教科書的なものです。
 
今まで特に意識していなくてもできていたことが、徐々にできなくなる、衰えていく…
我々人間は生まれながらにして老いに向かっている生き物ですよね。
それは抗えないですし、無理に背を背けなくてもよいものだとも思います。
 
でも、若いころと比べてしまう自分もいたり、その違いに絶望したりする人々も一定数はいるわけですよね。
 
 
そんな中で、この認知機能の分野では先にも述べたように、大きく二つに分類されるんですよ。
 
 
【流動性知能と結晶性知能】
 
 
また、たんぽぽ毛のやつよく分からん言葉並べてきやがって(怒)と思っている人が多いことでしょう。
でもですね、本日のこの「微妙なお年頃」を解説するにあたっては非常に大切なことなので、
ぜひとも生温かい目で読んでいただければと思っております(もうちょっとで終わりますゆえ●)
 
まずは、流動性知能とは?なんですが…
 
これはいわゆる、学童期の年齢と共に徐々に上がっていくものです。
 
直観力
法則を発見する能力
図形処理能力
処理のスピード
推理力や判断力
発想力や計算能力などなど
 
若い10~20代の人と、50~60代の人が競ったら、だいたいが若い人の方に軍配が上がりそうな項目。
若さと共にその能力が一定のピークをむかえ、そこから加齢に伴って徐々に低下していく能力のこと。
 
若さには勝てん!とか、若いころの脳みそのキレは今はもうない、、、などなど。
壮年期世代の患者さんからはよく聞かれる発言です。
 
 
ただ、知的能力というのはそれだけではないはず!なのです。
若いころでは経験しえなかったことや、より深い思考力など、、、それを結晶性知能と呼びます。
 
言語能力
理解力
洞察力
批評能力
想像力
内省力
自制力
社会適応力
コミュニケーション能力など
 
 
これらのことが若い頃から秀でている人もいたりしますが、
だいたいの人々は、年齢と共にこの能力は少しずつ上昇してくると言われています。
 
 
なので、俗にいう「もう若くないんだから」などと諦めてしまうのは本当にもったいなかったりするのです。
考えるスピードや作業スピードなどなど、そりゃ若い知能にはかないませんよ。
でもさ、スピードだけが大事なことではないでしょうに、、、
そこからどのくらい深く思考が広がっていくのか、そこからまた新たな創造が広がっていくのか…
 
それは一重に、それまでその人が経験してきたことや、その時に感じた想いだったり。
それら全てが、知能としてその人を形創っているわけなんですよね。
 
知識は、年齢関係なくいくらでも自分の意識の元で蓄えることができると思っています。
その得られた知識を、
日常生活や自身の生きていく上でどのように選んで生かすことができるか、それが教養だと思うのです。
 
知識量があるからと言って、決して教養が高いとはイコールにはならないと思いますし。
学校の勉強がどのくらいできて、誰もが知るようないわゆる有名大学を卒業していたとしても、教養のない人間はたくさんいたりしますよね。
 
 
 
 
 
 
・・・。
 
 
 
 
 
 
ちょっと待ってくれ。
一体私は何の話をしているんだ?爆
 
 
本日は「微妙なお年頃」の解説をしていた、、、はず●
ちょっと戻りますよ、思わず暴走してしまいました。苦笑
 
 
 
そうそう、、、「老いを楽しむ」マキハラ先生のこの言葉です。
もう年取っちゃったから何もできなくなっちゃってさ~、あの頃に戻りたいわよねぇ~なんて。
そろっと私の周りでもそういう類の会話は増えてきたように思います。
 
 
確かに、失ったものもあるけれど、
歳を重ねることで得られることもたくさんあったりしますよね。
 
この歌では、
 
槇原敬之は50代に突入して何か吹っ切れたような感じなのだろうか
それまでかぶっていた大きな皮のようなものを思い切って脱いだのだろうか
もう小さいことは気にせずこれからは大らかに生きていくことを決めたのだろうか
 
 
などなど、色々と妄想は尽きませんが、
一つ言えることは、この歌でマキハラ先生が伝えたかったのは、、、
 
 
 
色々なことあるけど楽しく歳を重ねようぜ!
 
 
 
ってことなんですよね?(え?チガウ???)
日常生活に溢れる自分自身の何か不穏な行動の数々…
え?今自分何してた?って、思わず我に返るようなあの瞬間の数々…
そんな自分自身を振り返り、、、「え…怖いんだけど」って心配になる数々…
 
 
 
それを大きく槇原敬之の愛がこの神曲で包み込んでいるんですよね???
 
 
 
私だけじゃなかったー、マッキーったらもうお茶目さん!!
 
 
槇原敬之ドストライク世代(ドストライク世代というのは90年代が10~30代だった世代)のキボウノヒカリとなるこの1曲。
そんな風にこの曲を楽しめたらなぁ、と感じております。
 
 
そして、先ほど連ねました歌詞ですが、
一番、、、そうです一番大事な、且つこの神曲の肝となる部分が欠けているんです。
 
マニアの皆様も当然お気付きのことと思います、
そして「おい、一番肝心な歌詞が抜けてるじゃねーか」とお怒りのことと思います●爆
 
 
 
それは、1コーラス終わり、、、
 
 
「だって... だってさ...しょうがないだろ 
恥ずかしくないんだも~~~んぬっ!」
 
 
↑↑↑
そうです、このセリフが入ります。。。(「ぬっ」のところがミソです)
 
 
このセリフは大変重要ですので、チェックお願いいたしますよ。笑
しかも、この時の歌劇チックな台詞回し。笑
 
このD&Rツアーの際では、毎回微妙に違ったりしてそんな楽しみ方もありましたよね。
 
 
このセリフの他にも、
歌詞カードには載っていないですが、2コーラス終わりの大サビ前や全コーラス終わりの
細かいマキハラ先生のセリフ?のような掛け合いのようなものが、絶妙な面白みを与えていて…
 
 
 
 

さすが槇原敬之、エンターテイナー心を忘れていないな?

 
 
 
 
って、感心するほどです(おめぇは何様だ●)
 
最初にも書きましたが、
この曲は「歌謡曲」なんですよ、J-ポップというよりは「THE 歌謡曲」なんですよ。
そんなメロディやアレンジの中で、大真面目に歌っている、、、という構図。
 
それがまた面白過ぎるし、歌詞には共感できるし、D&Rで私は毎回この歌を心待ちにしておりました。
 
 
 
なので、今年のツアーでも
 
 
 
 
ぜひとも歌ってくださいっ(お願いしますっ×518億回)
 
 
 
 
サビのところとか、ちょっとカルメンっぽかったりするんですよね。
THE歌謡曲なのにぃぃぃぃ(ヒーーーっ)って、いつも笑い転げてましたよ。
バラの花横に加えてるみたいな画が想像できるから、余計におもろいのよマキハラ先生。
 
 
 
 
そして、2コーラスの歌詞に関しては、
ワタクシ職業柄若干心配になるレベルではあるんですが、発売から6年経過し症状が進行していないことを祈るのみです。爆
 
 
マキハラ先生は自ら歌詞にしておりますが、
 
「距離感がつかめていない」→測定障害や空間認知能力の低下
「口のしまりが悪い」→口腔機能の筋力低下、発音への影響も示唆される
それら全部をひっくるめても、全般的な注意機能障害(ぼーっとしてしまう、意識が届いておらず)
 
マジレスしてしまうと、ざっとこんな感じでアセスメントできてしまうのが恐ろしいところです。
(はい、大変ウザくて申し訳ありませんが職業病です生温かくスルー願います●)
 
くれぐれもマキハラ先生の症状が進行しておりませんように、、、と
まさかナイアガラになっていないだろうな?なんて戦々恐々としている今日この頃です●
 
 
 
ウザたんぽぽ毛が顔を出してしまいましたが、
これだけのことを、面白おかしくエンターテイメントに仕上げてくる槇原敬之氏。
 
 
 
 
 
何だこの才能は……(怒)
 
 
 
 
 
と、結果的にマキハラ先生にひれ伏してしまうヲタクなのでした。
 
 
 
 
最後に、、、マキハラ先生の想定する「微妙なお年頃」って一体何歳なのでしょうか議論^^
何をもっての「微妙」なのか、、、そこらへんもボヤかして聴く人に委ねる槇原敬之が今日も天才すぎてしんどい。
 
 
微妙なお年頃

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